【 罰ゲーム 】
メタナイト卿有する戦艦ハルバート。
その艦内の、大きな窓の傍に設置されてる大き目のイスに腰掛けている青年が一人。
「えーっと、ね……」
「……なんだ、さっきから」
「だから、その、ね?」
「察しろと言わんばかりの顔されてもだな」
「うん、まぁそうだよね、うん……」
その青年を目の前にして、言うべき事を言えずに口ごもっている青年がもう一人。
「アイク……その……」
「一体なんだ?」
「いや、えっと特に何かあるってわけじゃないんだけど、そうじゃないというか」
「ん?」
「あーいや……えっと……」
「……マルス。お前が人で遊ぶような人間じゃない事は分かっているが、一体なんだ?」
「ありがとう、ごめん……えっとね、あの……」
(どうして僕がこんな目に……)
内心で一人ごちて見たところで誰も答えなんてくれやしない。
投げやりになりたくなる心をなんとか奮い立たせ、マルスは大きく息を吸い込んだ。
そもそもどうしてこうなったんだっけかと考えてみる。
えーと、そうそう。
自分とリンクが乱闘後に結果について話していた時だ。
リンクとマルスみーっけ!、などという声と共に飛びついてきたのがピットで。
何事かと話を聞くと、リュカとネスの三人でカードゲームをしていたとのこと。
だが三人では大分飽きてきたらしく、人数を増やそうという話になり。
適当に廊下を歩いていたところ、二人を発見して飛びついたというのだ。
ちなみにリュカとネスも誰かを捕まえにいっているらしい。
どうせ暇だしと、ピットの誘いに乗った二人は案内された先でネス達と合流した。
向こうの傍には、おそらく二人に誘われたのであろうポケモントレーナーの少年の姿があった。
結果、六人に増大してのカードゲーム大会と相成ったのだ。
長々と遊んでいたのだが、いよいよ最後のゲームしようかと話をしたとき、ふとネスが呟いた。
「最後だからビリには罰ゲームとかつけてみない?」
どんな罰があるのかと少し不安げそうな表情になったリュカとは対照的に、いいねと乗ったのはピットとトレーナーの少年。
リンクとマルスはと言えば「子どもの考える事だし」と思い、別段反対もせずに話を進めさせた。
(で、結果がこれなんだよね)
目の前でいぶかしげな表情を見せるアイクに、どうして止めなかったんだろうかと思う。
いや、あそこで止めたってしょうがないだろう。
むしろゲームには罰とかそういうのがあったほうが盛り上がると思ったのは事実だし。
実際に自分に課せられた罰だって、よくよく考えれば大変なものではない。
ただある一言を、指定された人物に言えばいいだけなんだから。
(それにしても、相手と台詞が問題だよ……!)
ちなみにそれを考案したのは一位になったピット。
にこにこと「おもしろそー」と実に楽しげに言っていた彼に、マルスは自分らしくないと思いながらも少しばかり恨みを持った。
(はぁ、もうどうしよう……)
いい加減にこのぐずぐずした態度をなんとかしなければ、アイクがヘソを曲げそうな気がする。
こんなことで怒るような人間ではないが、こんなわけの分からない態度をとられ続ければ誰だって嫌な気分になるはずだ。
(いや、冷静になれマルス。そもそもこれは『言えと言われた』だけであり、僕自身の意思じゃないだろ?)
ふとそんなやけくそのような考えを起こしてみたりしたら。
(……そうだよね、別に僕の意思じゃないもんね。罰ゲームだと申告してから言うのはダメと言われたけれど、後からフォローしちゃいけないとは言われてないよね)
出るわ出るわ、言い訳の嵐に台風とてんこもりである。
(よし、言えマルス)
一度腹を据えてしまえば後はどうとでもなるだろう。
目の前のアイクを無視して一呼吸とし、マルスは瞳を閉じた。
「アイク、聞いて欲しい事がある」
「……なんだ?」
返答を待ってから目を開け、自分よりも濃い色をしたアイクの瞳を見据えてマルスは続けた。
「アイク。僕はキミが好きだ」
「……………………………………………………」
「愛してる、心の底から」
「……………………………………………………」
「…………アイク?」
「……………………はっ。あ、いや、うん?」
なんだかものすごく長い沈黙があった気がするが、多分気のせいじゃないだろう。
なぜなら目の前のアイクが見たことのない表情で驚いているのだから。
目を見開き、口をポカンと開けたその顔はマヌケ以外の何者にも見えない。
「アイク、変な顔になってるけど?」
「いや、普通なるだろう……」
「なんで?」
「いや、それは……普段お前はそんなこと……」
「マルスってばつまんないー!!!」
動揺したアイクの台詞を遮ったのは、壁際で一部始終を覗き見していたピットだ。
「なんでそんなあっさり言っちゃうの!?」
「なんでって、言えって言われた事言うだけだし?」
「前半の戸惑いと恥じらいは!? もっと顔を赤くして、照れながら言うとか!」
「キミは僕に一体何の期待をしていたんだい?」
「動揺するマルスが見たかったのにー!!!」
ムキーと羽を広げて酷く憤慨しているピットを、ネスとリュカが苦笑いしながら宥めるのを横目にマルスはやれやれとため息を吐いた。
そうして、今の現状に置いてけぼりにされているアイクに気がつき、ふと苦笑を見せる。
「ごめんね、巻き込んで」
「……一体なんだ?」
ピットが出てきたことでなにやら様子がおかしいと気付いたのだろう、アイクもまた呆れ顔になっている。
そりゃそうだ、一番の被害者は誰なんだろうと考えると彼のような気がしてならない。
とりあえずゲームでの流れと罰ゲームの趣旨を説明すると、アイクもまた「そうだったのか」と安堵したようだった。
「あーぁ、まぁ照れるマルスは見れなかったけど、動揺してるアイクが見れたからいっか」
「……そんなに動揺していたか?」
「してた、すっごく」
落ち着きを取り戻したのか、普段の無邪気な笑顔で言うピットに今度はアイクがまいったなといった風だった。
と、そこに廊下の奥から食事時を伝える誰かの声が聞こえた。
子どもグループは真っ先にそれに反応し、あっという間に走り出していく。
残されたのはトレーナーの少年とリンク、マルスにアイクという割と冷静にこの状況を見ていた四人。
「すみません、僕も止めればよかったですね」
「いや、それを言えば俺も止めなかった」
「僕だって。罰ゲームなんて面白そうだと思ったのは事実だから」
苦笑して謝る少年に、マルスもリンクも続けて言って笑う。
遠くから子ども達の呼ぶ声が響き、少年とリンクが「先に行く」と言ってその場から歩いていく。
「……罰ゲームか」
「ん?」
「いや、さっきの言葉が、だ」
「え、あぁ……」
改めて言われると気恥ずかしさがこみ上げてくる。
あまりつっこまないでいて欲しいのが本音だ。
「まぁそういうことだからさ。早くご飯食べに行こうよ」
「本音じゃないのか?」
「え?」
歩き出そうと踵を返したら腕を掴まれてしまった。
「仮にもなにも、俺たちは一応そういう関係だよな?」
「あ……う、ん」
どこか真剣さを帯びているアイクの視線に、マルスは居たたまれなくなって逃げ出したくなってしまう。
アイクが何を思っているのか、これから何を言われるのかがなんとなく想像出来てしまったからだ。
「俺はお前が好きだ」
相変わらず直球だね。
心の中でツッコみながらも心拍数が跳ね上がるのはどうしても止められない。
この青年は何事も、本当にストレートに告げてくる。
遠まわしという単語が彼の中には存在していないのだろうかと思うほどだ。
ある意味素直で、ある意味酷く不器用な性格。
「お前が俺を嫌いでないのは分かるが、お前は俺にあまり気持ちを言わない」
あぁ、そんな心配そうな目をしないで。
ただでさえ普段は無愛想な表情で強面にすら感じるのに、そんな憂いを見せられるとどうしていいか分からなくなる。
「お前は俺をどう思っているんだ?」
「だから、嫌だ…」
「いつもの以外で言ってくれ」
「ぐ……」
普段言いなれてしまった言葉を言おうとして、止められてしまった。
『嫌だったら一緒にはいない』
彼に何か言葉を求められるたびに言ってきた、いつもの言葉。
これにウソはないし、真実であるのも本当だ。
ただ、どうにも自分として直球に言うのが恥ずかしいのだ。
好きだとか、大事だとか。
本心からそう思っているからこそ、言えないのだ。
「いや……その、なんというか……」
「……嫌じゃないのは知っている」
続きを言えずに黙りこくってしまったマルスに、アイクは窓の外に視線を向けて呟いた。
「ただ、お前にとって俺はなんなのか。俺はたまに分からなくなる」
合わされない視線と言葉に、マルスははっきりと自覚するほどの寂しさを感じてしまった。
「俺はそんなに察しが良くない。自分がそうだから、相手に何かを言うにしても遠回しの言葉なんか思いつかん」
「アイク……」
「まぁ、嫌われていないのは事実なんだろうが……」
(お前は誰に対しても優しいから、たまに自信が無くなる)
これだけは、なんだか情けない気がしてアイクは口に出来なかった。
思わず吐き出してしまったため息さえも、そんな落ち込みを助長してくるようだ。
「すまん、女々しいな。変な事を言った」
やはり合わされない視線のまま言われ、マルスは居たたまれなくなって顔をうつむかせた。
彼に気持ちが通じていないというわけではない。
それは分かる。
けれど、それだけでは満たされないものもある。
(ならば、僕の言葉は彼を満たしていただろうか?)
「飯に行こう。腹減った」
「アイク……!」
席を立ち、横をすり抜ける彼の右腕を反射で掴み、呼び止める。
「ごめん、アイク。僕は、キミとは違って色々はっきりと言うタイプじゃないし……」
「分かっている。無理はしなくていい」
「そうじゃない! 無理というわけじゃなくて、ただ恥ずかくて……でも、それがキミを傷つけているなら、僕は酷い奴だよ」
「俺はそこまで思ってるわけじゃ…」
「僕が! 僕が……嫌なんだ。キミがそんな顔するのは、嫌だ」
「マルス……」
右腕を握るマルスの両手が震えてるように感じるのは、多分気のせいではない。
視線を合わせなかったことが彼に悲しみを与えたのだろう、さっきの行動を悔やんでも仕方ないが、アイクはやるせなさが拭えなかった。
空いていた左手でマルスの両手を包むように触れると、うつむいていた表情が僅かに動いた。
目だけがなんとか見える程に上がってはいたが、肝心のマルスの視線が落ち着いておらず、目線があっては何度も何度もそらされている。
そんなに困らせたかとアイクが参り始めた時、マルスが口を開いた。
「あの、さ……僕は……その……」
「ん?」
「えっと……あの……だから……」
まるでここに現れた時のようなドモリを見せるマルスだったが、そこに先ほどとは違うものを感じてアイクはその続きを静かに待った。
「僕は……僕は、キミと……アイクと一緒にいて楽しいから」
「あぁ」
「一緒にいたいと思うし、いたいと望んで欲しいなとも考えてるし」
「あぁ」
「さっきみたいな暗い顔、みたくもないし……させたのも辛いし」
「あぁ」
「だから、僕は……」
再びうつむいてしまったマルスだったが、アイクはもうこれ以上何も告げられなくてもいいやと思ってしまった。
真っ赤になった耳や、動揺と緊張で上擦っているのか少し高い声が、彼の想いを十分に表している気がして。
「僕は、キミが好きだから」
それでも、彼は続きを言ってくれた。
一生懸命に、想いを伝えようと。
胸に込み上げる物に流されるまま、アイクはマルスを抱きしめた。
「ッアイク?」
「……あぁ、やばい」
「な、何が?」
「初めてだ」
「え?」
「嬉しくて死にそうだと思ったのが」
「お、大げさだよ」
「俺にとってはそれぐらいなんだ」
「……それって僕がよっぽど酷い奴ってことじゃないか?」
「そんなことはない。何回も言われたら本当に死ぬ」
「ウソつけ……」
「だから何回も言わなくていい」
「……それもまた複雑な言葉だな」
苦笑しながらも、マルスもまたアイクの背にゆっくりと腕をまわした。
肩に顔をうずめて目を閉じると、自分より幾分か高いアイクの体温が流れ込んでくる気がする。
しばし二人は黙ったまま、互いの鼓動と体温を感じていたのだが、
――コンコン。
ふいに何か固いものを叩くような音が聞こえ、マルスはアイクの肩越しに視線を泳がせ、そしてビキッと凍りついた。
少し離れた廊下の壁にもたれるように、リンクがそこにいたからだ。
「リン、ク……」
「すまない。邪魔をするつもりは無かったが、ピットが二人が遅いとうるさくて」
「あ、ごめん……」
「あやうくアイツが迎えに行きそうになったから、代わりに俺が来た」
「あーー、すっごくありがとう。ところで、あの……」
「安心してくれ。俺が来た時にはすでにその状態だったから」
「そ、それはどうも……」
「じゃ、俺は先に戻る。あぁアイク、早く来ないと肉がなくなるぞ?」
「ん、分かった」
言うだけ言って振り返り、手をひらひらさせながらリンクは廊下の影へと消えて行く。
一瞬この状態をピットに見られたらどんな冷やかしを受けるかと、マルスは少しだけ背筋が冷たくなった。
冷静なリンクが来てくれたのが救いか、いや見られたのはやっぱり恥ずかしい。
そんな事を考えながら一人、難しそうに表情をころころと変えているマルスを見やり、アイクはふと笑みを浮かべた。
(好きだ好きだと言われるよりも、こうして自然に横にいてくれるだけでも十分か)
「どうしたの? もしかして笑ってるでしょ?」
「お前が横にいるからだ」
「………………」
一瞬呆けたマルスに、また「ストレートすぎる」と怒られるかと思ったのだが。
「……馬鹿言うな」
少し顔を赤らめ、微笑みながら小さく囁かれた言葉にこんどはアイクが呆ける側になってしまった。
「あ……と、じゃあ早く行くか。リンクの言葉が現実になったら困る」
「あはは、そうだね。急ごっか?」
いきなり急上昇する心臓に、アイクは顔を崩さないように言葉でごまかすしか出来なかった。
(反則だろう、あの表情は)
珍しく熱くなる顔を見られないようにと、アイクはマルスの前をただ黙って歩いていった。
後ろでマルスもまた、嬉しそうに笑っているのにも気付かずに。
* * * *