【 Dolce Scherzo 】
「ん」
「……何、アイク。この手は」
この部屋で共に生活している彼の唐突な行動は稀にあることだ。
けれども大抵その正しい意味をマルスは理解出来ないことがある。
そして今回も例に漏れず。
片手を差し出して、「ん」としか言わないアイクに、マルスは眉をしかめるばかりだ。
「ねぇ、僕とアイクにはPSIなんか無いから、ネスやリュカくんみたいにテレパシーは出来ないよ?」
さっさと用件を言えとばかりに手を押して突っ返すと、アイクが少し不満そうな顔をしながら言った。
「じゃあトリック・オア・トリート、と言えばいいのか?」
それは、ついさっきネスやリュカ、トゥーンリンクやピットなど……子ども勢達がハルバード内を駆け巡りながら発していた言葉だ。
単純に言えば、今ハルバードでは簡単なハロウィンパーティをしている状態なのだ。
だが、それがアイクが言うとなるとマルスには引っかかる部分が大きすぎる。
「何、アイクもお菓子が欲しいとか?」
『トリック・オア・トリート』の意味は、『イタズラか、お菓子か?』
要するに「お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ」という意味なのだが。
生憎、肝心のお菓子はネス達に先ほどあげてしまって何も無いし、何よりアイクはあまり甘味の類を好んで食べる人間ではなかったはずだ。
「別に菓子が欲しいわけじゃない」
「じゃあ、何?」
一体何が言いたいのだろうか。
訳が分からないというマルスに、アイクは珍しく口ごもりながら言葉を続けた。
「……何でも、いい。マルスから何か貰いたい」
思わず「どうしたの?」と聞きたくなるようなアイクの台詞だった。
彼自身も、言いながら少し恥ずかしいのだろうか、頬が赤くなっている。
可愛い、などと言ってしまったら拗ねるだろうか。
けれども、そんなことよりも気になることがマルスにはあるわけで。
「一体どうしたんだ? アイクがそんなこと言い出すなんて」
そう、彼はめったに何かをねだる様な性格ではない。
人の意見を聞かずに自分の意見を押し通す場合はあったりするが、何かを所望するのは少ないタイプだ。
アイクのいきなりの言葉に、マルスは一体どうしたのかと首をかしげることしか出来ない。
「別に……理由が必要か?」
「そうは言ってないだろ?」
「じゃあなんかくれ。じゃないとイタズラする」
「イタズラって言っても……」
顔をしかめてばかりのマルスに痺れを切らしたか、アイクは出していた手を仕舞いこみ、組んだ腕をべったりとテーブルに付け、その上に顎を乗せてイジけるような表情でうな垂れた。
「いや……もう、いい」
訂正する。
イジけるような、ではない。
完全に拗ねた表情をしているアイクに、マルスは何だ何だと目を細める事しか出来ない。
「いいって……」
そんなにイジけるような事だろうか。
「第一、アイクは子どもじゃないよな」
「お前よりは年下だ」
「一歳違いじゃないか」
「でも年下だ」
何やら今日はヤケに噛みつくなと思いながら、ふとマルスは妙案を生み出した。
普段なら気恥ずかしくてあまりしないが、こうイジけられたままでは気分も空気も悪くなるばかりだ。
「じゃあ分かった。お菓子もご飯もないけど、良い物をあげるよ」
そう言って、アイクと同じ体制を取り、テーブルの先の紺色の瞳を見つめる。
「なにをだ?」
「まぁまぁ。きっとアイクの機嫌も直るかもね」
「???」
訳が分からないと眉をしかめるアイクと、にっこりと微笑みかけるだけのマルス。
それは、部屋が無音に包まれたと感じた僅かの合間の出来事だった。
ふいにマルスが身を乗り出し、自らの唇をアイクの唇と重ねたのだ。
「………っ!?」
そして、少しだけ濡れた音をさせて唇を放す。
一体何が起こったのか、理解の遅れたアイクはポカンとした表情を浮かべて固まってしまっている。
「お菓子じゃないけど、まぁ甘いだろ?」
我ながら変な案を考えたと思いながら、マルスは席を立ち上がり空になっていたカップを手にした。
自分からこのような事をするのは非常に珍しい。
少しでもサプライズな贈り物になればと、とった行動だったのだが。
「………アイク?」
さっきから黙りこくったままのアイクに目をやって、マルスは自分の顔がボッと熱くなるのを感じた。
「な、何赤くなってるんだよ……!」
そう、テーブルに突っ伏して顔を隠しているアイクが、耳まで真っ赤にしていたのだ。
呼びかけにも動かないのは、顔までもが赤くなっているからだろう。
普段からは想像も付かないアイクの様子に、マルスは頬を染めたまま声をかけた。
「アイク、どうしたんだ? なんか様子、変じゃないか?」
「変なのは、マルスの方だろうが」
「な、なんで僕が!?」
「キスされるとは、思わなかった……」
「それはっ……ただ……」
本当に、たまたまの思い付きだったのだ。
深い意味は無く、ただアイクの機嫌が直ればと思っただけで。
「……わがまま言って、すまなかった」
ポツリとそう言うアイクに、マルスも赤い頬のまま苦笑をするしかなかった。
どうやら機嫌の方はなんとかなったようである。
「じゃあ聞いてもいいかい?」
アイクは口を開かない。
無言はおそらく先を言えという意味だろう。
「なんで急にわがままなんて言い出したんだ?」
「別に……」
「別に?」
「なんとなく、イラついただけだ」
「何に?」
「………………」
「……あぁ、なるほどね」
なんとなく分かってしまった。
なんでアイクが「トリック・オア・トリート」なんて言ったのか。
「ネス達に嫉妬するなんて、アイクも子どもだなぁ」
「お前が……ずいぶん楽しそうだったから……なんとなくだ」
クスクス笑うと、紺色の瞳がチラリとうらめしそうにこちらを見上げてきた。
「……笑うな」
言って、余計に顔を赤くしたアイクはテーブルに額を押し付けてしまった。
どうやら、彼からのイタズラは無しで済みそうである。
* * * *
ちょっとしたヨタ話。
「Dolce Scherzo」ってのはイタリア語です。
こういう単語があるわけではないんですが、「Dolce」と「Scherzo」のそれぞれの意味を勝手に繋ぎ合わせてタイトルにしてます(笑)
ハロウィンらしくて、尚且つマルスの行動にも合致するなぁと思ってつけました。
……タイトルの意味を分かるとおりに語るのは珍しいかも。
* * * *