【 同音異字 】

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「アイク、すまない。ネスが体調を崩したらしい。風邪が移っても困るから、しばらくリュカを預かってはもらえないか?」

珍しく部屋を訪ねてきたと思ったメタナイトから発せられたのは、これまた珍しい台詞だった。

「ネスが風邪?」
「あぁ、カービィとおやつを食べようとしていたときに倒れたらしい」
「倒れ……」

あんな元気な姿が普通だと思っていたネスが倒れるとは。
さすがに心配そうなアイクに、メタナイトは「マルスが看病するそうだ」と告げた。
それに「なら平気か」と頷き、アイクはリュカの引き受けを承諾した。

もとより、リュカが部屋に来るのを拒む理由は無いのだが。


――コンコン。


しばらくして。
遠慮がちにされるノックに、すぐに扉の向こうにいるのがリュカだと分かった。
いつも好きに入れと言っているのに、あの子はこうやって礼儀を弁える。
正直そういうのはむずがゆくて好きでないアイクだが、これがリュカなんだと理解し、受け入れている。

「開いてる」

これもいつもアイクが返す、決まった言葉だ。
少しの間をおいて扉が開き、覗き込むようにリュカが顔を差し入れてきた。

「こんにちは、アイクさん」
「あぁ、待ってた」
「あ、え、あはは」

照れたように笑いながら、リュカは部屋へと足を踏み入れ扉を閉める。

「すみません、一人部屋なのにぼくを……」
「俺は構わん。それよりお前は嫌じゃないのか? 広くもないし、面白い部屋でもないぞ」

アイクの部屋は、家主を現したかのように非常に殺風景だ。
必要最低限の物が置いてあるだけで、娯楽のものは元々部屋に備え付けられているテレビぐらいだ。
それでもリュカはにこりと笑い、首を振る。

「嫌だったら来ません。というかぼくの家だってこんな感じですよ」
「そうなのか?」
「はい。フエルと遊ぶのもいつも外だったし」

「お邪魔します」と一声かけ、アイクがだらりと座っているベッドによじ登り、その横を陣取る。

「正直言えば、テレビだってぼくの家にはないんです」
「そうなのか? ネスの世界と文化が近いんじゃないのか?」
「近いですけど……まぁ、色々あって」

苦笑するリュカに、これ以上聞く必要もないかと判断してアイクはリモコンを操作してテレビをつける。

「何か見るんですか?」
「あぁ、昨日の試合を見たいんだが……構わないか?」

おそらく遊べない、という意味なのだろう。
アイクからすると、試合を見るのは実際に戦うのと同じぐらい勉強になるらしい。
『傭兵』という、戦う事を職とする彼はこういうことに非常に熱心だった。
突然訪問することになってしまったのは自分だから構わない、とリュカは手にしていた本を見せた。

「持って来ました」
「……すまんな」

構うのが下手な自分に苦笑するしかなく、アイクはリュカの頭をぽんぽんと撫でる。

「いいえ、お気になさらず、ですよ」

正直に言えば、一緒にいれるだけで十分だと思っている。
恥ずかしいからあまりそういうことは言わないけれど。
なんだかんだで触れてもらえるのが嬉しくて、リュカはにっこりと微笑んで本を広げた。


+ + + + +


しばしの合間、テレビから流れる乱闘の音だけが響いていた室内。
ふとリュカは気がかりが生まれて本から目を上げた。
異様にアイクの悲鳴(?)が多い気がしたのだ。
流れている画面を見つめ、その原因がすぐにわかった。
『昨日の乱闘』と言われた時点で気付いても良かったのかもしれない。
それはアイクが珍しく『惨敗』という言葉が相応しいほどの負けっぷりを見せた試合だったからだ。
相手は確かガノンドロフだったはず。

「昨日は珍しかったですね」

画面を見つめたまま眉をしかめ続けているアイクを見上げながら、リュカはそう声をかけた。
戦法や体格などで有利不利は多少あるにせよ、アイクはどちらかと言えば勝利を収めるのが多い方だ。
それが昨日は、一対一の勝負だったとは言えとんでもない結果を叩き出し、見ていた他のメンバーですら驚かせていたのだ。

『どうしたの、拾い食いしてお腹でも壊したのかい?』

いつもはアイクが負ければ茶化すマルスも、今回に限りは疑問系で問い掛けたほどだ。

「ガノンドロフにも『調子が悪すぎだろう』と言われた」

しかめっ面のままため息を吐き、がりがりとアイクは頭を掻いた。
実際自分でもどうしてここまでダメなのか、試合の映像を客観的に見ても原因が分からない。
読みがことごとく外れ、逆に読まれ――とにかく散々な姿だ。

「……本当に調子が悪かったとしか言えん」
「慰めというわけじゃありませんけど、そう言う日もありますよ」
「むぅ、そういうものか?」
「そうですよ。いつも元気なネスだって、具合が悪くなったりしちゃうし……」
「あぁ、そう言えばネスは大丈夫なのか?」

もういいや、と半ば投げやりにテレビを消し、アイクはベッドに横になりながら聞いた。
それに心配そうな色を含めつつも、リュカは笑って「はい」と答える。

「マルスさんがつきっきりで看病するって。熱が酷いみたいで、うなされてましたけど」
「発熱か。うなされてるってことはけっこう高いな」
「……みたいです」

そんなリュカにのそりと近寄り、アイクはその手を額に伸ばす。

「お前は大丈夫か?」
「ぼっ、ぼくは平気です……!」

急に触れられて驚き、リュカはアイクの手をぺしぺしと叩く。
慌てるリュカに吹き出しそうになったアイクの視線に、彼の膝の上に広げられている本の中身が映った。
そこに綴られている文字が、アイクには読めなかった。

「……どうしたんですか?」

ふと自分が広げている本に目を奪われているアイクの前で手を振り、声をかける。

「これ、お前の世界の文字か?」

本に手を伸ばし、指先で文をなぞるアイクに頷く。

「あ、はい。そうです」
「そうか。言葉は通じても、文字は違うんだな」
「アイクさんの世界はこの文字じゃないんですか?」
「違う。マルスの書く文字はギリギリ読めるが」
「マルスさんのは読めるんですか?」
「多分世界が近いからだろう。細かい部分は多少違うが、大まかな構成は同じらしい」
「へぇ……」

言われて自分の本をぺらぺらとめくってみる。
自分とネス、あとトレーナーの少年はこの文字が読めるのだが。
ネスと本の貸し借りをしていても、お互いに『読めない』ということが無かったから気がつかなかったようだ。

「なぁ」

ふと本の文字を眺めていたリュカに、アイクは聞いた。

「お前の名前はどう書くんだ?」
「え?」
「リュカ。お前の世界の文字で『リュカ』はどう書くんだ?」
「え、あ、えっと……」

そう言われ、何か書くものはないかと辺りを見回す。
それに気付いたアイクは、テーブルの上にある小さなメモ用紙とペンをリュカに手渡した。
「ありがとうございます」とそれを受け取り、白いメモに文字を綴っていく。

「ぼくの名前は……こう、書きます」
「……どれをどう発音するんだ?」
「これで『リュ』、これで『カ』……これだけなら『リ』です」
「ふぅん」

一つ一つ、指差しで教えてくれるリュカに頷き、アイクはそのメモ用紙をまじまじと見つめながら「リュカ、リュカ……」と何度か呟く。

「アイクさんの世界ではどう書くんですか?」
「ん、何がだ?」
「『アイク』」

そう名だけ言うと、アイクはリュカの手からペンだけを借り、小さな膝の上に乗せられているメモにさらさらと何かを書いていく。

「こうだ」

あっさりと書き終わる短さに少し驚きつつも、リュカはアイクの書いたものに目を走らせる。
まるで紐のように、文字と思われるもの同士が繋がって見えるその短い単語。
自分達の世界の文字とは違い、流線的で綺麗な文字だなぁとリュカは思った。

「うわ、ホントに全然読めないや」
「俺の字は汚いからな」
「いや、汚いとかって問題じゃないですよ」

何を言ってるんだと笑い、リュカはアイクの前に文字が書かれた紙を差し出した。

「どれをどう読むんですか?」
「ん、これで『アイ』、これで『ク』だ」
「へぇ〜」

まるで暗号を解読してるみたいな気持ちになり、リュカはアイクの文字の下に、自分達の世界の文字で彼の名前を書いてみた。
同じ名前でありながら、まったくもって印象が違うのが不思議だ。

「なんだ、これ?」

と、リュカの書いた文字が分からないのかアイクが聞く。

「ぼく達の世界で『アイク』は、こう書くんです。ア・イ・ク」
「ほぉ……」

それに釣られてか、アイクもリュカの書いた文字の下に自分達の世界で「リュカ」と綴ってみる。

「もしかして、ぼくの名前ですか?」
「あぁ、これで『リュ』、これで『カ』」
「……なんかアイクさんの名前と違ってごちゃっとしてますね」
「そうだな。『リュ』の文字のつづりが少し長いかもな」

ペンの尻で顎を突きながら、アイクは『リュカ』と書かれている紙を眺め続ける。
同じ文字でありながら、まったくもって違う物のように感じるのが不思議だった。

「でも、何で名前なんかを……」

メモを見つめたまま動かなくなったアイクにリュカは聞いた。
違う世界の文字なのに、聞いて一体どうするのだろうか。
そんな単純な疑問だったのだが。

「いや。覚えておけば、『リュカだ』とすぐにわかるだろ?」

なんという事をあっさりと言ってしまうんだ、この人は。
一気に顔を赤くしたリュカに気付かず、アイクは相変わらずメモを眺めては名を呟いている。
恥ずかしさから『アイク』と書かれた紙を眺め、そしてそれを指先でなぞりながらリュカもまた彼の名を呟く。

「アイク、アイ、ク……」

自分の文字と彼の文字と。
本来なら並ぶはずの無い言葉同士が、違う世界の自分たちを『一緒』だと証明してくれているようで。


――どうしよう、この紙、捨てられないや。


ただの紙が、リュカにとってとんでもない宝物へと変わった瞬間だった。





* * *





ちょっとしたヨタ話。
原作の設定をあんまり気にしないで話書きました…
リュカの世界の文字=「カタカナ」。アイクの世界の文字=「ローマ字(筆記体)」。そんなイメージで書いてます。
ローマ字で考えると、アイクって恐ろしく簡単ですよね。IKE。
逆にリュカはけっこう文字数を食うな、と。LUCAS。
言葉はマスターハンドパワーでなんとかなってるに違いない(笑)



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