【 HAPPIY? 】

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お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ。

そんな言葉を胸に浮かべながら、リュカは一人ある部屋を目指して廊下を歩いていた。
今日は「ハロウィン」といって、子どもがお菓子を集めてまわるという面白いイベントの日らしい。

「トリック・オア・トリート」

それは「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ」という意味。
子どものそんな言葉に答えるように大人たちはお菓子をくれるのだ。
自分達の世界には無い面白いイベントに、リュカは大層ワクワクした。
そして、少しだけ考えてみたのだ。

「お菓子をくれなかったら、いたずらしていいのかな?」

ふと思った。

「アイクさんもお菓子用意してるのかな?」


+ + + + +


「ハロウィン」をしよう! という話は、すでに数日前にハルバード内でも盛り上がっていた事だ。
子ども達はその当日を楽しみにしていたし、それ以上の年上勢も「やれやれ」といった空気ながらも子ども達のためにとお菓子を用意しようと計画していたようだ。
アイクは特別こういうイベントを嫌がる人間ではない。
ただ、敏感かというとそうでもないように感じるわけで。
だからリュカは思ったのだ。

「アイクさんがお菓子を用意してなかったら、いたずらしちゃおうかな」

普段の自分ではあまり考えないようなことだけども、少しだけワクワクした。
何をしようか決めていたわけではないけれど、どうにかして驚かせてみたい。
楽しげな軽い足取りでアイクの部屋の前まで行き、リュカはそのドアをいつも通りノックをする。
「開いてる」、とこれまたいつも通りのアイクの返事。
それを聞いてから、リュカはゆっくりとドアをあけて室内を覗き込んだ。
視線の先には、ベッドの上に寝転がって何かの用紙を見つめているアイクの姿。

「ん、リュカか」

紙から視線を逸らし、こちらを見たアイクが呟く。
傍に歩み寄るリュカにあわせ、アイクも身体を起こしてベッドの上に座り直した。

「どうした?」
「いえ、ちょっと……」

隣に、という催促だろう。
自分の横をポンポンと叩くアイクに誘われるまま、ベッドに上がってそこを陣取る。
アイクが手にしていた紙は対戦表のものだったようだ。
基本的に乱闘に対する意欲が高いアイクらしいなと、リュカは少し笑う。
そして、本題に移ろうと彼を見上げて口を開く。

「アイクさん」
「ん?」
「トリック・オア・トリート、です」
「……あぁ、それ今日だったか」

ニコリと笑いながら言うリュカを見つめ、アイクはしまったと苦虫を潰したような顔をした。

「あれ? お菓子ないんですか?」

おどけて言うと、彼の手がぽんぽんと頭を撫でてきた。

「すまん、忘れてた」
「やっぱり〜……」

そう言って、ワザとしょんぼりするかのような動きをする。
焦りか自責か、アイクもまた少しばかり肩を落として「悪い」と漏らす。

「うーん……じゃあしょうがないですね。覚悟してください」
「……は?」

普段は己が言うような台詞を吐くリュカに、アイクは目を大きくした。

「何が、だ?」
「トリック・オア・トリートとは、お菓子をくれなきゃいたずらするぞ、という意味です」
「そうらしいな」
「だから、お菓子をくれなかったアイクさんにいたずらします!」
「いたずらって……俺に?」

何を言うのか、という風にアイクは少し笑う。
どこか挑戦的な視線に、リュカは首を傾げた。
この人はこんな表情をするような人間だったろうか?

「お前が俺に、いたずらすると?」
「は、はい!」
「そうか。で、何をしてくれるんだ?」
「え? えっと、それは……」

急に言われてしまい、逆にリュカが戸惑った。
実際どうしようかまでは考えていなかっただけに、アイクの言葉に何も言い返せなかった。

「と、とにかく! 後で何かします!」
「そうか。じゃあお前のいたずらは後で受けるとして……」

煽る様な笑みを浮かべたまま、アイクは続ける。
やはり何か違和感が拭えなかったが、止める理由も無いのでリュカはその先を待つことにした。
そして、彼は言った。

「トリック・オア・トリート」

そう、短く。

「……え? 何がですか?」

アイクの言わんとすることが理解できず、リュカは再び首を傾げた。

「それはぼくとかネスの台詞ですよ?」
「そうかもしれないが、俺もまだ一応ガキだからな」
「それは……」

はっきりと言い切られ、リュカは返答に困ってしまった。
確かに自分から見たらアイクは年上に感じるが、大人の混じった全体的な年齢から見ればまだ若い方だろう。
実際、スネークに「若造」などと言われているのも見たことがある。

「そういうわけだから、俺にもお菓子をくれないか?」
「……も、持ってませんよ……」

なんだか嫌な予感がしてきたが、リュカはそれ以外に答えようが無かった。
実際自分は貰うつもりでばかりいたのだから、用意しているわけがない。
それを分かった上でだろう、アイクは残念そうに首を横に振る。

「そうか、持ってないのか。じゃあ、いたずらさせてもらうぞ?」
「えぇ! なんでぼくが……」
「俺にお菓子をくれないからだろう?」

そう言いながらアイクはニヤリと笑みを浮べながらリュカをベッドの上に押し倒す。
ボスッと布の中に落ちる音を聞きながら、リュカは驚いたようにアイクを見上げた。
その表情は相変わらず『笑って』いて、彼の両腕が自分の顔の横に突き立てられている。
おかしい、何かが変だ。
アイクが今見せている笑顔は、明らかに何かを含んでいる。
この人はこんな表情や考えをする人だったろうか。
否、そんなことはないはずだ。

「あ、あの……アイクさん?」
「いたずらさせてもらうぞ?」
「いいい、いたずらって何を……!?」
「さぁ、なんだろうな……?」

腹の中に何かを含んだ笑みはそのままに、アイクはリュカの顎に手を添えて固定する。
訳が分からない状況に目を見開くばかりのリュカをよそ目に、アイクは親指で小さな唇をゆっくりとなぞっていく。

「リュカ……」

酷く低い声で名を呼ばれ、リュカは心臓の音が大きくなるのを感じた。
少しずつ、ゆっくりとアイクの顔が近づいてくる。

「何を、何をする気で…」
「いいから、もう黙れ……」

最後の抵抗は、そんな言葉で遮られた。
すぐ近くで響く声に、鼓動の速さが増していく。
羞恥から、もう顔が見れないとリュカは思いっきりキツく目を閉じた。
徐々に近づく体温が、アイクが傍にいるという事を痛烈に教えてくれる。

「……リュカ」

耳元で、本当に耳のすぐ傍で囁かれ、リュカは反射的に身体をびくりと揺らした。
何をされるんだろう。
何をするつもりなんだろう。
彼の呼吸が耳元を擽る。

だめだ、いけない、そんなの、まだ早い。

待って、待って……



「待ってくださいアイクさん!!!!」



+ + + + +




そんな自分の大きな悲鳴と、バサリと毛布を弾き飛ばす感覚。
急に変化した状況に、リュカは少しだけ荒くなった呼吸を繰り返して考えた。

「ゆ……夢……?」

そう呟いて安堵のため息を吐き出すと、隣のベッドからなにやら小声が聞こえてきた。

「んもー……リュカってばぁ……何大声出してんの?」
「え、あ……ご、ごめんね、ネス……」

時計を見ると、まだ普段起きる時間より二時間ほど早い。
微妙な時間に起きてしまったな、とか考えているとネスが寝ぼけたまま言って来た。

「夢の中でまでアイク兄ちゃんと会ってるの? 兄ちゃんのこと、そんなに大好きなんだぁ」
「な、何が……!!」
「だってさぁ、名前はっきりと……呼ぶ、ぐらい、だし……」

そうモゴモゴとした口調でネス言う。
徐々に睡魔に襲われているのだろう、最後の方は言葉が消えかかっている。

「ね、ネスだってたまに寝言言ってるじゃない……マルスさんの名前とかさ……」
「そう、だ、けど……ぼく……ぁ……」

そこまで何か言いかけ、ネスはついに枕に顔を埋めたまま眠りに落ちてしまったらしい。
何も言わなくなってしまった友の寝顔を見つめながら、リュカもまたもう一度毛布の中に潜り込む。

(ぼくはなんて夢を見てるんだろう……)

ハロウィン当日に、ハロウィンが原因の変な夢を見るだなんて。
自分からいたずらしようとけしかけて、結局のところ負かされて、押し倒されるなんて。

(アイクさんにどうやって顔合わせればいいんだろう……)


未だに収まらない鼓動を抱えたまま、リュカは結局朝まで起き続けたままになってしまうのだった。
そして、眠たそうな顔をアイクに覗き込まれて慌てふためくなんてのも、また後の話である。







* * * *





ちょっとしたヨタ話。
ふと「リュカがアイクにいたずらしたい」って思ったらどうなんろうと考えまして……
そしたらあんな展開になってしまいました(笑)
タイトルは「ハッピーハロウィン!」なんて言われるリュカが、夢を思いだして
「全然ハッピーじゃないよ」と落胆する意味合いと言いますか。
アイクの言動が気になってドキドキして、楽しめる状況じゃない!という抵抗みたいなものです(笑)
ちなみに夢の中のアイクの行動は、まぁほら夢だから少しは願望が入るというか。
誰の願望? そりゃ見てる人のではないかと……(´∀`)




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