【 向日葵 】

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「はー、どっこいしょ」

晴れ渡る青空の下。
街への買出しの荷物を降ろし、マルスはやれやれと肩を叩きつつため息を吐いた。

「じじくさいぞ、マルス」
「しょうがないでしょー。僕はキミと違ってか弱くて儚いの」

(この間のアンタとのサドンデス、俺は腕一本だけで上に放られて負けたんだがな)

腕を回し、首をコキコキ鳴らす姿を見ながらもアイクはそんな台詞は吐かなかった。
荷物の中身を確認してしゃがみこむマルスをよそに、アイクは台詞の代わりにため息を吐いて気持ちを落ち着けた。
どうせ口げんかに発展してどうしようもなくなると思ったからだ。
ふと街を眺めていると、行き交う人々の合間に見慣れた少年の姿を見つけた。
花屋から出てきた少年の腕には、大きなひまわりの花束が抱えられている。

「リュカ?」

アイクの思わずであろう小さな呟きを聞き、マルスは視線だけを上げて彼の目線の先を追った。
人ごみの隙間に見えた、黄色と赤のストライプの服に金色の髪。
見間違う事無く、リュカそのものだ。

「本当だ……どこ行くんだろう?」
「さぁな」
「えぇー、リュカ君の一日の動きを知らないの?」
「どういう意味だ?」

信じられないという風なマルスに、アイクは奇妙さを感じてしまった。
知らないことがあったって当然だろう、束縛しているわけではないのだ。
いくら付き合っているという関係上であろうと、相手の行動を一々把握するわけにもいかないだろうに。

「僕なんかいつもネスがどこにいるか分かるよー?」
「それはアンタのネス探知能力が異常なだけだ」

ニコニコとそんなことを言い放つマルスに、アイクはキッパリと言い切り視線をリュカに戻す。
人ごみの隙間に隠れ始めた彼は、もうすぐ見えなくなりそうだ。
それにしても、花束を抱えてどこへ行こうというのだろうか。

「行ってくればー?」

ふいにマルスがそう言った。
驚いて振り向くが、マルスはメモと荷物の中身が合っているかを確認しているだけでこちらを見ていない。

「リンク達が戻ってくるまでまだけっこうあるし、早く行ってきちゃいなよ」

本当にマルスが言ったのかと疑問に思って黙っていたら、そんな続きを言われた。

「戻ってこなくったって、荷物運ぶぐらいの人手はあるしね。好きにしなよ」
「だが……」
「ま、行きたくないなら行かなくて良いしー? 行きたいなら行けばいいしー?」

そんな無責任にも取れる発言だったが、アイクには「早く行って来い」という押しにしか聞こえず。

「……すまん」

マルスに背を向け、アイクは赤いマントを翻して今にも消えそうな小さな影を追うために駆け出す。
ひらひらと手だけを振り、マルスはしゃがんだままアイクを見送り、呟いた。

「こうでも言わないと行かないなんて、ストイックにもほどがあるよ」

はーやれやれと呟き、マルスは荷物を持って辺りを見回した。
せっかくアイクがいなくなって一人なのだ。

「確かこの近くに良い紅茶を出してくれるお店があるんだよねぇ、ふふっ」

余ったお金でお茶ぐらい飲んでいても、バチは当たらないだろう。
マルスがアイクにリュカを追いかけさせた理由がそれなのかどうかは、本人にしかわからない事である。


+ + + + +


「リュカ!」

アイクがそう声をかけたのは、もうずいぶんと街のにぎやかな場所から抜けたところまで来てからだった。
意外にも足が早いリュカと人ごみの多さが、ずいぶんと追いつくのを遅くしてくれたようだ。

「アイクさん?」

名前を呼ばれたリュカは、思いもしなかった人物からの呼びかけに驚きを隠せていないようだ。
振り返り、大きな瞳をより開き、花束を抱えたままその場でアイクが追いつくのを待つ。

「どうかしたんですか? 今日はマルスさん達と買出しの当番だって…」
「あぁ、だから街で花屋から出てくるお前を見かけてな。許可貰って来た」
「そうだったんですか……」

そう言うと、リュカはひまわりの花を見つめ、ふと笑った。
少し、哀しそうに。

「リュカ?」
「あ、すみません。何でもなぃ……」

『ないです』と続けようとして、リュカは口をつぐんだ。
そんな様子に、アイクは先を促すでもなく彼が自ら言葉を紡ぐのを待った。
程なくして、意を決したかリュカは顔を上げた。

「あの……一緒に来てもらってもいいですか?」
「お前が嫌でなければ。でもどこへ何をしに?」
「海に……」

言うと、リュカはぎゅっと中が潰れない程度に花束を抱きしめる。

「お母さんとクラウスに、花束……届けたいんです」

哀しそうに、でもそうじゃないと装う笑顔に、アイクは胸が少し苦しくなるのを感じた。


+ + + + +


彼の母親が死んだのは聞いていた。
双子の兄が『いた』という事実も、聞いていた。

そして二人とも、彼の目の前で亡くなったと言う事も聞いていた。

それを耳にした時、酷く似たような状況を知っている自分は、わが身より幾分も幼い彼がこんなにも身近な者の死を経験しているという事に驚きを隠せなかった。

自分の世界であれば、戦争のある世界であれば『死』は隣り合わせだ。
自分が経験したのもその延長とも言える。
まして『傭兵』などという、戦いに赴くのを常とする身なのだ。
現実を受け入れるかどうかは別として、誰かが死んでしまうかもしれないというのは予定内といえばそうかもしれない。

だが、彼の――リュカのいた世界には戦争なんてなかったそうな。

実際、彼は戦いに赴き様々な経験をしたようだが。
少なくとも母を失った時点では、戦いなんて言葉すら使わないほどの平和な世界で生きていたという。


それが雨の日を境に、母の死を境に、全てが豹変したと――


「ぼく達の世界では、もうすぐお母さんの命日なんです」
「それで花を?」
「はい。ここにはお母さんのお墓はありませんから、海に流せば届くかもって」
「そうか」

街を抜けて木々が茂る森の中。
そう話す笑顔が笑顔に見えなかった。
母の死も兄の死も、受け入れているとは言っている。
けれど、それでも彼はまだ子どもだ。
多少しっかりして見えるのは、リュカが経験したことが大きな要因なのだろう。
本当ならば誰かに甘えていて当然な年頃だ。

(大人びてしまうような経験か……)

考えて見れば、リュカはネスやピット、トゥーンリンクなんかと遊んでいても、どちらかと言えばセーブ役だ。
特にトレーナーの少年がいないときはそれが顕著に表れる。
あまり比べたくはないが、マルスといる時のネスに比べて、リュカは自分にあまり甘えたりはしない。
どうやら「しっかりしなくちゃ釣り合わない」などと考えているようだが。
ひまわりの花束を見つめ、少し微笑んでいるリュカを盗み見る。

(そんなの気にしなくていいんだがな)

ふぅと小さく息を吐き出し、アイクはもう一度リュカに目をやった。
彼の金色の髪とひまわりの黄色を見て、なんか似てるな、などと考える。

「どうしてひまわりなんだ?」

聞くとリュカがこちらを向いた。

「あまり手向けの花としては聞かないから……」
「あ、普通はそうですよね」

そう言ってひまわりを空にかざすリュカ。
名の由来通り、太陽に近づくように高く、高く、腕を一杯に伸ばして花を掲げる。

「お母さんがひまわり好きだったんです。だからいつもこれを送ってるんです」
「……そうだったのか。すまん、知らなくて」
「いえっ、アイクさんは悪くないです! むしろぼくに付き合ってもらっちゃってるし……すみません」

苦笑するリュカに、アイクは溜まらず手を伸ばした。
一回りも二回りも小柄な身体を引き寄せ、胸元に抱き寄せる。

「俺がしたいことだ。お前が謝るようなことは、何も無い」
「あ……ぅ……」

言葉にならず黙り込んでしまったリュカだったが、頷く事でなんとか感謝の意を告げる。
どくどくと大きく鳴り響く心臓が、アイクに聞こえてしまうのではないか。
そんな焦りに、リュカは小さな手でアイクの身体を少しだけ押した。

「リュカ?」
「ぅえっ、あ……いえ、なんでもないです! あの、行きましょう! もうすぐ海ですからっ」

顔を真っ赤にして駆け出し、前に走っていってしまうリュカを見て、アイクはなんとなく胸を押された理由を理解した。

「……俺だって動悸ぐらい起こるんだがな」

わずかに鼓動を早くしている胸元を抑え、アイクは苦笑してリュカの後を追いかけた。
ふと鼻を掠めたのは、独特の潮の香りだった。


+ + + + +


森を抜け、崖の合間に見つけた海岸への道を下り。
砂浜にそれぞれの足跡を残しながら、青年と少年は波間へと歩いていく。
少し涼しい海風が髪を擽る。
波のすぐ傍まで歩み寄ったリュカはそこで素足になり、波の中へと足を進める。
飛沫が膝まで跳ね始めた辺りで、ひまわりの花束をそっと波に乗せた。

「お母さん、クラウス。遠くからで悪いけど、いつもの花を贈るからね」

母へと、兄へと。
小さな祈りを受け、波は花束を大海へと運んでいく。
ふいに熱くなった目頭に、リュカは慌ててまぶたを閉じてそれに耐える。
落ち着いた心にゆっくりと瞳を開けると、花束は白い波の合間へ消えていた。
このときは、いつも心がざわざわする。
母のこと、兄のこと、世界のこと。
色々なことが頭をよぎっては流れ、心を乱していく。

ぼくらの世界は平和になった。

だけど、もう戻ってこないものもたくさんある。
それは二度と手に入らず、何者にも代わりになんてなれない存在で。
真っ白な紙にポツリと出来てしまった黒い小さな点のように、僅かでありながらとても目立つ傷で。

(……どうしてぼくは生きているんだろう)

「リュカ!!」

大きな声で名を呼ばれ、腕をつかまれて。
リュカはふと我に帰って後ろを振り返った。

「リュカ、大丈夫か?」

その先にいたのは、アイクだった。
紺色の瞳が焦りで揺れて見えた。

「アイクさん?」

酷く慌てた様子のアイクに、リュカは首をかしげた。

「どうしたんですか? そんなに慌てて……」
「お前が……っ……」

一瞬先を言うのを迷った風だったが、リュカの身体を抱き寄せながらアイクは続けた。

「お前が消えそうだった」
「ぼく、が?」

頷くアイクに、リュカは笑った。

「ぼくは消えないですよ。ここにいるじゃ…」
「お前、どうして自分が生きているんだろうとか考えてないか?」

言われた言葉に身体が強張ってしまった。
それだけで彼にはバレてしまったのだろう。
身体を抱きしめる腕の力が、強くなった。

「アイクさ…」
「自分が死ねば良かったとか、そんなこと思ってないか?」
「そんなことは……」

考えた事が無いといえば、ウソだ。
母の代わりに、兄の代わりに、自分がいなくなっていれば良かったのではないかと。

「そんなことは……」

自分がいないだけで、母の笑顔が、兄の笑顔が、全てが元通りになるのではないかと。
考えた事が無いといえば、ウソだ。

「そんなこと……そんな……っぅ……」

涙が溢れて、止まらない。
頬を伝い、零れ落ちても。

いなくなればいい。
自分がいなくなればいい。
そうすれば全部元通りだ。

クラウスに代わってぼくが、お母さんに代わってぼくが――

「いなくなるなんて、言うな」

低い、低い声が包む。

「そんなこと考えるな」

身体を包む腕が、受け止めてくれる胸が、温かい。

「そんなのはお前の母親も、兄も、絶対に望んでいない」
「でも…」
「絶対にっ!」

痛いほどに分かる。
あまりに無力な自分に、何も出来なかった自分に。
自分が代わりになれたらと。
でも、そんなことを考えたとしても現実は変わらなかった。
自分から進まねば、何も変わらなかった。
自分に出来たのは、託されたか何かを成すことだけだった。

「……望んでいない、そんなこと。お前の死など……」

それは彼の母や兄の願いを代弁したものだろうか。
それとも自分の願いだろうか。
いや、どちらでもいい。

誰だって、彼の命があることを喜んでいるはずなのだ。

「リュカ」
「……なんですか、アイクさん」

涙交じりの声が小さく答えた。
より小さく感じる身体を強く、強く抱きしめる。
ここにいるのだと、生きているのだと、そう伝わればいいと。

「お前は暖かいな」

そんな言葉に、リュカは大きく目を見開いた。
自分を包むアイクの身体もまた、暖かい。
こんな小さな自分よりもたくましく、強い鼓動がここにある。

「アイクさん……」
「ん?」
「アイクさんも、あったかいですね」
「そうか?」
「はい、あったかいです……」

あぁ、生きているのだ。
自分も、この人も。

太陽に照らされた小波が、ひまわりのようにキラキラと煌いている。
リュカの瞳から溢れていた涙は、いつの間にか止まっていた。


+ + + + +




お母さん、クラウス。

ぼくの送った花束、届いてますか?





* * *





ヨタ話じゃありませんが…… かなりMOTHER3のEDの独自設定というか、独自解釈が盛り込まれた小話だったりします。
そこらへんちょっと色々個々に思うところあるかもしれませんが、これがじベ田なりの話だと言う感じでお願いします。



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