【 一人遊び・二人遊び 】
絡みつく指、高ぶりを煽る舌、名前を呼ぶその甘い声。
『マルス……』
「あッ……」
ふと眠りの世界を支配していた淫猥な夢から目覚め、マルスは何度か瞬きを
繰り返すとホッとしたように息を静かに吐いた。
――なんという夢を見ているんだか。
思い出すのも恥ずかしく、妙に居たたまれなくなってふと寝返りをうつ。
視線の先に映った隣のベッドは、いまだにもぬけの殻だった。
同室の彼は、まだ仮面の騎士との手合わせに明け暮れているのだろうか。
今回の乱闘でちょっとしたクセを見抜かれた彼が、見抜いた張本人である
仮面の騎士に暇な時間に付き合ってくれと頼んでいたのを覚えている。
その時間が夕食を過ぎたぐらいになるといわれたようだが、彼には関係が無かったらしい。
それにしっかりと付き合う仮面の騎士も、仮面の騎士だとも思ったが。
剣の腕を磨く事に興味がないと言えばウソになる。
だが、それだけが生きがいというわけでもない自分からすれば、
純粋に強さを求める仮面の騎士や、腕一本で自らの命を守り、
また道を切り開いていかねばならぬ彼らの修行に対するスタンスには
たまに感動さえ覚えることもある。
呆れないかといわれれば、そう思う時も無きにしも非ず。
たとえば、こんな夜遅くにまで手合わせしなくてもいいじゃないか、とか。
「アイクは頑張るなぁ」
今だ訓練施設で戦っているのであろう彼を思い浮かべ、瞳を閉じて――
(マルス。)
まだ朝まで長いと眠ろうとしてみるが、ふと夢で聞いた声が耳に残っていたようだった。
声を思い出したとたん、自分の身体がどういう状態なのかを認識してしまい、
マルスは大きくため息を吐いた。
「ちょっと待ってよ……」
華奢だ、線が細いだといわれる身だが、自分が男なのは変えようの無い現実だ。
今まで勝手に身体が高ぶっているということだって無いわけが無い。
のだが、今回は明らかに「どうしてこうなっているのか」、理由がはっきりして
しまっているために、マルスは非常に困惑した。
要するに、彼との夢をみて自分は興奮しているのだという事実。
なんとか収まってくれと額をペチペチと叩き、シーツを頭まで被ってみる。
別に彼で興奮する自分を異質だと思っているわけじゃない。
実際、彼とはそういう関係だ。
想いを確かめ合ってもいるし、身体だって幾度となく重ねている。
そういう行為に抵抗があるわけじゃないが、今は一人なのだ。
いない相手を思い、勝手に想像して興奮するなど、マルスには羞恥以外の何者でもない。
彼が嫌いだとかそういう意味合いではなく、そんな風になってしまう自分が
酷く卑猥なように思えて、いたたまれなくなるのだ。
どちらかと言えば理性的なマルスには当たり前の考えだろう。
やれやれともう一度ため息を吐き、眠ってしまえば朝になるだろうと決め込み、キツく目を閉じる。
けれど、頭をよぎる声を耳を離れてはくれない。
普段からは想像もつかないような甘い色で名前を呼ぶその声が、耳を離れない。
「……ど、どうしろと」
顔が酷く熱い。
火が出せるんじゃないかなとか、そんなくだらない事を思い浮かべてみるが、
はっきりいって頭を冷やす材料にはなってくれないようだ。
しばらくの間、何度もベッドの上で寝返りをうっては目を閉じるを繰り返す。
どれだけ時間が経ったかは――シーツから顔を出す気にもなれずに時計も見れない――
まったく不明だったが、いよいよマルスは自らの手をゆっくりと下腹部に向かわせ始めた。
(違う違う、これはただ単に早く身体を冷まして眠りたいからであって決して僕の本意では……)
などなど、言い訳がましい言葉を誰に言うでもなく頭に並べまくりながら、
マルスはその手を下着の中に差し入れる。
思った通りというべきか、明らかに熱を持っていた自分の性器により顔が熱くなるのがわかった。
羞恥で一杯になる心とは裏腹に、一度触れてしまったがために身体に走った僅かな気持ちよさに、
その手を放すという行動には移れなかった。
ゆっくりと息を吐き出しながら、マルスは自らのものに指を絡め、ゆっくりと愛撫を与え始める。
一気に理性を押し流していく感覚に、それでもマルスは声を漏らすまいと唇を噛んだ。
「……っふ、ぅ……」
喘ぎにもならない吐息を溢れさせつつ、彼が自分に与えてくれるものを思い出しながら
徐々にその動きは激しくなっていく。
いないはずなのに、彼にされているかのように錯覚するその痺れに、マルスは身体を振るわせる。
だんだんと、聞こえないはずの声が耳を侵していく。
自分を卑しいなと、俺を思い出してこんなことをするのかと煽る声が聞こえてくる。
「ち、がう……ちがう……」
声で抗ってみても、身体は正直過ぎるほどの反応だった。
濡れた音を立て始める性器に、マルスはいよいよ理性を消してその行為に没頭していく。
自分の手を汚す先走りで全体をしごき、指先で先端を刺激する。
どこをどう触ればいいのかは自分の身体だ、よく分かってしまう。
片手では足りないとばかりに下の前を寛げて、性器を取り出して両手で包み込む。
「ん、はっぁ……」
背中を走る痺れに抗う事無く、手は快楽を求めてより激しさを増していく。
耳元には相変わらず彼の声が響き、その甘い声は何度も何度も自分を弄る。
徐々に白くなっていく頭の中は、彼以外考える事が出来なくなったかのように
一色に染まっていく。
高ぶりを求め、マルスは部屋に誰もいないのを僅かに思い出して唇を開いた。
「アイク……アイ、ク……」
名を呼べばより身体が疼き、熱くなるのがわかった。
何も考えられなくなった頭に残るのは彼の声と、その指の動きだけ。
「あ、ん……もっ、アイク……」
(マルス……)
「やァ……アイク、ア、イ……あ、ぁあッ!」
何度も何度も名を繰り返し呼び続け、マルスはいよいよ自らの手の中に精を吐き出す。
快楽を貪るように、ひくひくと喘ぐ性器にさらに刺激を与えて最後までの余韻に浸る。
乱れた呼吸に肩を震わせながら、マルスは戻ってきた僅かな理性の中で
彼を思いながら達したんだ、とだけ認識した。
ふと手の中の液体の感覚に、これは一体どうしたものかなと身体を横にしながらぼうっとする頭で考え始めた時。
「アンタは俺を誘ってるのか」
自分の頭の中の声じゃない、現実の響きが耳の鼓膜に届いてきた。
とたん、マルスは自分の身体が一気に冷え込んでいくのを感じた。
動けずにいるマルスの顔の傍に彼が手を置くと、二人分の重みに
ベッドのスプリングがきしんだ。
見慣れたそのしなやかな腕の持ち主なんて、顔を見なくても一発で分かる。
「……い、一体いつ帰って……」
「名前を呼ばれ始める少し前か?」
(大分前じゃないかな、それ。)
妙に冷静な自分が悲しいが、どうやら彼はそんなのお構い無しのようで。
「寝てるだろうと思ったから音をたてないようにドアを開けたんだがな。まさかと思った」
妙な親切しないで、堂々と音を立てて部屋に戻ってきてくれれば良かったのに。
そんな言いがかりにも近いような言葉で攻めたって、現実は変わらないもので。
「あの、アイク……これにはその……」
「訳がある、なんて言葉で俺が逃がすと思うか?」
(すいません、全然思えません。)
こんな自分を見られてるなんて、誰が想像するだろうか。
ちらりと視線だけで彼を見上げると、その紺色の目に明らかな欲望が見えた。
(あぁ、ダメだ。こんな目をされたら……)
「覚悟しろ、マルス……」
諦めか、それとも期待していたものだろうか。
重ねられる唇を、マルスは甘んじて受け止めたのだった。
+ + + + +
「アイク、嫌だっ、こんなの……」
「嫌? 何がだ、こんなにしてるクセに」
言って、彼はマルスの猛っている性器に指を絡める。
一度精を吐き出したというのに、一向に冷める気配の無い自分の身体に、
マルスはどうしてこんなことにと内心で愚痴る。
「頼む、見ないでくれ……」
「別に見てないぞ?」
「ウソをつくな……!」
「何を。今のアンタじゃ何も分からないだろう?」
くっくっと非常に楽しそうに笑う彼の表情を、マルスは閉ざされて暗くなった視界の中で見た気がした。
事の発端は自分だ。
帰りの遅い彼の夢を見て勝手に昂り、一人で熱を煽り――
それをばっちりと彼に見られたのだ。
後悔だとか羞恥だとか、そんなやわな言葉じゃ片付かない感情に埋め尽くされるマルスを他所に、
彼は口づけを落とした後にふと何かを考え、笑った。
普段の彼からは絶対に想像すら出来ない、こういう非常に限られた状況でしか見せない『嫌な』表情でだ。
――そんな顔、キミを兄のように慕っているネスやリュカが見たら泣いちゃうよ。
呑気なほどに心でツッコむマルスだったが、彼の次の行動には流石に動揺した。
彼は、自身の額に巻かれていた布でマルスの視界を奪ったのだ。
思いもしなかったその動きに、ダルさもあって身体の反応が鈍っていたマルスは抵抗する間もなく、
されるがままになってしまった。
もちろん外そうと手を顔に伸ばしたのだが、それさえも遮られ、あろうことか腕を後ろ手に縛られた。
ベルトだろうか、手首の皮膚を擦る感触が暗い世界で嫌に生々しかった。
「アイク、本当に……」
「本当に嫌なのか?」
「……っ!?」
きっと自分の顔は赤くなっているに違いない。
何も分からない状況では、彼の気配と動きだけが全てだ。
服もすでに上着ははだけられ、下も引き剥がされて何もまとっていない。
火照った身体に部屋の空気は涼しいが、それは余計に自分の今の姿を認識させるだけだ。
恥ずかしいはずなのに、何故か身体は意思に反して異様なほどに昂っていく。
現に彼の動きや言葉に簡単に翻弄されてしまっている。
「本当に嫌なら俺の舌を噛み切れ」
「え、あっ……んぅ」
言うが早く、マルスの唇に彼のそれが重ねられ、貪るように舌を絡めとられる。
闇の中、濡れた音と自分の艶っぽい吐息だけが耳を侵していく。
何も見えないというだけで、ここまで抵抗出来なくなるのかと自分に問うたが、答えなんて出なかった。
角度を変えて、何度も何度も弄られる途中、彼の手がマルスの性器に触れた。
「感じてるな」
唇を放されて耳元でそう囁かれ、マルスは肩を震わせる。
「アイク、見ないで……い、あぁぁあっ」
嫌だと言おうとした所で、身体中に甘い痺れが走り抜けていく。
彼の手が性器に触れているのだと、どこか頭の端っこで理解する。
「はぁ、ん……っあ、ぁあ!」
目からの情報が一切無く、抵抗も叶わぬ身体に、マルスは自分が受けている快感が
いつもより大きいのを認識した。
耳を侵す自分の性器の濡れた音。
だらしなく先走りを垂れ流しているであろう、こんな卑しい姿を彼の目の前に晒している現実。
その何もかもがマルスの理性をぐちゃぐちゃにし、快楽へと押し流していく。
「アイク、もうだめ、だ……」
光の無い攻め苦に、マルスはいよいよ限界を訴えた。
身体は上り詰めることのみを求め、快楽をひたすらに貪っている。
目で訴える事も敵わないため、マルスは口を開くしかなかった。
出来るだけ彼を煽るような声を、誘うような色を。
「お願い、アイク……」
この懇願に、彼がフッと笑ったように聞こえた。
「動かすぞ」
今までベッドの上に座らされた状態だったマルスの身体が、ふいにうつぶせにと変えられた。
腕を縛られた状態でバランスを崩しかけたが、彼が支えてくれたのが分かった。
大き目の枕に顔をうずめるように寝かせられ、腰をつかまれてぐいと引き上げられる。
まるで獣のように腰を突き出している今の自分の体勢を理解し、
マルスはさすがにわずかに戻ってきた理性にままに叫んだ。
「ちょっ、アイク! 待ってくれ!」
けれど、当たり前だがそんな懇願なぞ聞き届けられるわけもなく、
マルスが次に感じたのは、誰の目にも触れないであろう自らの秘所が濡れた何かに犯されていく感覚。
舐められている、と分かった途端、マルスは身をよじってそれを阻止しようとした。
だが腕はこの通り自由にはならないし、何より腰をしっかりと押さえられているため、解放には至らない。
あまりの羞恥にマルスは枕に顔を押し付けて左右に振り、拒絶を言葉にしていたが、
そこに指が侵入してくるとその抵抗は一気に減っていった。
「ふっ、ああぁあ……」
「いきなりでも二本入るな。よっぽど欲しかったのか」
笑う彼の言葉に、マルスはもはや首を横に振るのさえ忘れてその快楽にすがった。
中で蠢く感覚だけに集中して、あられもなく声を上げる。
「ひっあ、そこ……!」
ふいに一番強い快感を与えてくれる場所に、彼の指が当たった。
けれど彼はそこにはそれ以上触れず、近くをなぞるだけだ。
言いようの無い気持ちよさを知ってしまっているマルスの身体は、そんな責め苦に耐えられるはずもなかった。
もっと強く、もっと激しく、もっと狂わせて欲しい。
そんな思いだけがマルスを支配し、突き動かす。
性器から流れた先走りがシーツにしみこみ、色を変えている。
「アイク、アイク……もう、お願い……」
腰を揺らしながら、マルスは理性の欠片も無く懇願した。
「……ちゃんと言ってみろ」
「あ、う……――――」
耳元でそう聞く彼に、小さな小さな声で告げる。
それは彼にしか聞こえない言葉で、でもマルスが言える最大の煽りでもあった。
言葉を受けた彼はマルスの頬に一度口付けを落とし、自らの欲望を秘所に押し当てた。
「んっ、あ、あぁああ!」
ゆっくりと、でも確かに入ってくる彼の熱の感触に、マルスは身を震わせた。
身体の奥から流れてくる甘い痺れが、思考や理性の何もかもを消し去っていく。
「マルス……」
「あ、んぅ……アイク、アイクッ」
獣のように互いを求め、貪り、重なり合う二人。
彼の熱がマルスの弱い部分を攻める度に嬌声が上がり、またマルスも彼を締め付ける。
枕に顔を押し付けていたためか、視界を遮っていた布が徐々にずれて、
ぼやけた世界がマルスの目に写り始めた。
「アイク、アイク……」
首を捻り、後ろを振り返り、マルスは自分を支配している彼を見つめた。
「もうイカせて……お願い……」
荒い呼吸を繰り返す濡れた唇、快楽と涙で潤んだ瞳。
全てが彼を煽り、昂ぶらせる。
自分より少し細い背中を抱きしめ、自らも上り詰めるために
マルスの弱い部分だけを集中して攻め立てる。
上がる卑猥な悲鳴に合わせて律動する内壁に、彼もまた顔を歪めて快楽を得ていく。
「あぁっ出ちゃ、うよっ……アイク、アイク……!」
「俺も、イくっ……」
「ひ、あ、やぁああ!!」
真っ白になっていく頭の中で中に流し込まれる彼の熱に震え、マルス自らも精を吐き出した。
穏やかに落ち着いていく体の熱と、背中から抱きしめてくれる彼を感じながら、
マルスはゆっくりと意識を手放した。
* * *
腕の中で眠る彼を見つめながら、アイクはその前髪を指先で少し払う。
まるで作り物のような、繊細で優雅な顔立ち。
性格だってそれに沿ったような優しさがあって。
だから、あんなことをしているだなんて夢にも思わなかった。
「正直、本当に意外だったぞ」
自分を想い、彼が昂ぶりを見せているなど。
いつも欲しいと思っていたのは自分だけかと思うほど、彼は理性が強かった。
そして今日、そうじゃないと分かったがためにかなり暴走した気がする。
「……まずいな。朝は説教から始まりそうだ」
そんな台詞を言うくせに、その表情は笑っていた。
微笑み、というものではない。
寝ている彼が見たらこう言うだろう、『嫌な』笑みだ、と。
そう言えば以前、スネークが刺激が欲しくなったら声をかけろとか言っていたのを思い出した。
「ふむ、今度話を聞いてみるか」
なにやら企てるアイクの思惑など知る由も無く、彼はその腕の中で静かな寝息を立てていた。
* * * *