【 十四番歌 】
「真っ黒な髪」
「……」
「素直じゃないところ」
「……」
「僕にはない力」
「……」
「けっこう寂しがりや」
「……」
「ハンバーグ大好き」
「……あのさ」
「あぁ、あとそうそう」
何かを納得するかのように一人頷き、マルスは読んでいた本から視線を上げ、人差し指でピッと空中を指差し、
「母上が大好き」
「うるっさいってば!!」
あまり言われたくない言葉をはっきりと口に出され、これまでの発言が明らかに自分の事を言っていると確信したネスは傍にあったクッションを手にして思いっきりマルスに向かって投げつけた。
「痛いよ、ネス。クッションは投げるための物じゃないと思うけれど?」
「マルス兄ちゃんを黙らせるためにはなんだってする」
「ひどいなぁ、別にバカにしていたわけじゃないんだけれど」
そういって、キャッチしたクッションをイスの背もたれに立てかけ、マルスは己の身体と挟み込んで背の支えにしてしまう。
「じゃあなんなの? さっきの独り言、全部ぼくのことでしょ」
抗議がまったくもって効いていないと分かり、ネスは少しばかりふてくされながら問いかける。
「気付けるほどには自惚れてくれているのかな?」
「〜〜ッ! ぼくの質問に答えてよ!」
悠々と自信満々に妙な発言をしていくマルスに、ネスはいよいよ痺れを切らせた。
しばらく前、乱闘も無く暇だったネスは大広間のテーブルで本を読むマルスの傍で、静かに同じように漫画を読んでいたのだ。
マルスはイスで、ネスはその傍のソファで。
本を読んでいる時のマルスの集中力は並ではない。
たとえ彼が熱をあげている自分が傍に行こうとも、こちらから声をかけたり余程のことが無ければ視線を上げて姿を確認して、少し微笑んで「やぁ」と言って終わりなのだ。
だからネスは、そんなマルスの邪魔にならないようにとソファに腰掛けてだらけていたのだけれど。
それが何を思ったのか、急に彼はブツブツと独り言を、それも明らかにこちらに聞こえるように言ってきたのだ。
その内容は先ほど聞こえた、どう考えても自分の特徴としか思えない事柄の羅列。
一体何なのだろう、もしかして本当に自分の事だろうか。
問いかけようとしたネスが「自分の事だ」と確定させたのは、「母上が大好き」の一言だ。
本人が思う以上に、ネスが「ママ大好き」であるというのは時折ホームシックを発動させてしまう状況のお陰で自然と全員に知れ渡っていて。
最近はそれを見せないように、自分から少しでも寂しいと思ったら連絡を取るようにもしているし、それに旅をしていた時とは違い、ここでは楽しく遊べる友達もいるし、何より想い人もいる。
ホームシックの度合いは、多少なりとも以前よりは減ってはいるのだけれど。
それでも、そのことを気にしているネスからすればマルスの発言は気恥ずかしさから来る怒りを煽るには十分だったようだ。
ましてマルスはネスが思う以上にネスを愛している。
それが急に自分の事を呟きだしたのだから、一体何を考えているのかと不安と焦りが増すのも仕方が無いのかもしれない。
「なんなの、さっきの独り言は。ぼくのことなの?」
「そうだけど、まぁ独り言だから気にしなくていいよ」
「何そのかわし方……」
「いや、大した理由じゃないから。本当に」
そう微笑んで先をせき止めるマルス。
いつも理由もなく――いや、ネスが好きという理由だけで無駄に飛びついたり、抱きしめてきたりするマルスが「大した理由もなく」ネスの事を言ったのだ、とだけ返してくる。
「………………」
そんなマルスの態度に、ネスは頬を膨らませる。
なんとなく腹立たしい。
いつも好き勝手振り回すくせに、こういうときはマイペースにやり過ごす。
そんなつもりはなくても、どうしてもこういう場合にマルスの方が「上手」と思わされてしまう。
「……教えてくれたっていいじゃん」
ボソリと、ネスは本当に心の底から不満げに呟く。
少しだけ声が震えているのなんて、気のせいだ。
軽くあしらわれて腹が立って、そして少しさびしいな、なんて気のせいだ。
「マルス兄ちゃんのバカ」
そんな小さな呟きが、マルスの耳にはしっかりと届いていたりするのだ。
「この本ね、昔の人たちの詩集が乗っている本なんだって」
いじけるネスに苦笑し、マルスは手にしていた本の表紙をネスの方に向ける。
チラリとそれを視線だけで確かめるネス。
意外にも薄いその本は、あまり見たことの無い落ち着いた色合いの装飾が施されている。
「アリティアでもイーグルランドでもない、違う世界の古い詩集でね。独特の言葉使いがされていて面白いんだ」
「それがどうしてぼくにつながるのさ」
「詩集のほとんどが、恋を綴ったものだからだよ」
そう言われて、表情の変わらなかったネスの頬に少しだけ赤らんだ。
「不思議な文学形式の詩集だね。決められた文字数の中で情景と思いを繋げたり重ねたり。でも心情をはっきりと語っていないものもあったり、読み解くのが楽しいんだ」
「へぇ、そう……」
「だからね、僕もネスの事を考えてたんだ。それを口に出しちゃってただけ」
「それだけ?」
「それだけ。納得できた?」
先ほどからいじけていた空気が少し穏やかになったのに気付き、マルスはネスに微笑みかける。
それでも、やはり完全には機嫌を直していないネスは少しだけ視線を合わせて、すぐに逸らした。
恋の詩集を読んだから自分を思い浮かべたなんて。
やはりこの人の思考は稀に自分の想像の上を行ってしまう。
「マルス兄ちゃんの言ってること、よくわかんないや……」
「そうかい?」
「うん、小難しい。しょっちゅう直球なくせにたまに遠回りだし……ややこしい」
「そうかもね。でも、そういう言い回しをしたくなっちゃうんだ」
「なんで?」
「さぁて、ね」
そうぼやき、手の中の詩集をパラパラとめくってみる。
恋に乱れる心を一人で落ち着かせる手段なんてあるのだろうか。
「誰のせいだろうね、こんな想いになるのは……」
問いの答えを持つのは目の前の愛しい少年。
そんな事は露とも知らない、幼くも真っ直ぐで強い意思を秘めた今は少しだけいじけた瞳だけ。
* * * *
百人一首の14番歌の訳を見ていたときに思ったり。
ちょっとみかけた超訳の意訳が面白くて、リスペクトされました…(´∀`)
短めですが題材はっきりしてるんでこっちに(笑)
ちなみに14番歌がどんなのかってのは、気になったらお調べになってみてください。
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