【 キミが眠るまで 】

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「メタナイト、メタナイト〜!!!」

ぽよぽよぽよと愛らしくもやわらかそうな足音とは裏腹に、今にも泣き出しそうな大声を張り上げながら廊下を走り抜けていくのは桃色なカービィ。
目には零れそうなほど涙が溜まっていて、ふとした瞬間に流れ出しそうなほどだ。

「メタナイト、メタナイト〜!! 大変、大変なの〜!!」

小さな身体から想像できる以上の力でドアを押し開け、カービィは名を呼び続けていた部屋の主を探す。

「あれ、カービィ?」

だがしかし、中にいたのはメタナイトではなく青い髪をした青年――マルスだ。

「マルス? どうしてここに……」
「ちょっと卿に話があってね。何か用事かい? もうすぐ戻ってくると思うけど……」

言うと同時に、カービィの背後に黒い翼がはためいた。

「すまん、マルス……ん、カービィ? どうしたんだ」
「あ、メタナイト〜!!」

捜し求めていたらしい人物(?)を見つけ、カービィは入り口に現れたメタナイトに勢い良く飛びつき、そのまま泣きじゃくりだしてしまった。
一体何がどうしたのか。
分けがわからないマルスとメタナイトは、とにかくカービィを宥めて引き剥がす作業に取り掛かる。

「カービィ? どうしたの、何かあったの?」

メタナイトに張り付いていたカービィをひょいと持ち上げ、腕の中へと抱きしめながらマルスは聞いた。
普段は明るいカービィがここまで泣くとは、一体何があったのか。

「マルス……そうだ、マルスごめんね!! ぼくのせいで、ぼくのせいで……」

そこまで言って、カービィはマルスの胸元に顔を埋めて再び泣きじゃくってしまった。

「カ、カービィ、一体どうしたの? 僕はカービィに何かされた覚えは無いよ?」

なんとか落ち着けようと微笑んだマルスだったが、次にカービィが出した人名を耳にしたとたん、凍りついた。

「違うの! ネスがね……ネスが倒れちゃったのぉ!」
「なっ……!?」
「なんだと? カービィ、どういうことだ? ネスは今どこに!?」

固まってしまったマルスの腕からカービィを叩き落とし、メタナイトは情報を聞き出そうと問い掛けた。
ひっくひっくと泣きながら、カービィが「食堂で……」と呟いた途端。

「僕のネス……待ってて今行くからねッ!!」
「あ、マルス!」

待て、まで言わせるものかというスピードで、マルスはメタナイトの部屋からカービィの言った食堂へと前のめりの全速力で駆け出していく。
メタナイトが慌てて廊下を覗くも、靴音が僅かに響いているだけですでに視界からマルスは消えてしまっていた。

「あぁまったく、マルスの奴は……カービィ、追うぞ!」
「え? あ、うん、っうわぁ〜!!」

相も変らぬネスに対する情熱に感服というか呆れつつ、メタナイトもまたカービィの手を掴み、廊下で翼を広げてマルスの後を追いかけた。


+ + + + +


マルス達が慌てて駆け込んだ食堂には、ぐったりとしたネスが本当にテーブルに突っ伏していた。
焦って近寄り声をかけるも、荒い呼吸を繰り返し、弱々しい声で「……兄ちゃん?」とだけ呟くのみ。
カービィによれば、一緒におやつを食べようとしたのだが、徐々にネスの具合が悪くなっていったとか。
最終的に動けなくなってしまったネスに、カービィは『自分が誘ったせいだ』と思い、大泣きしながらメタナイトに助けを求めに行ったそうな。

「それにしてもすごい熱だね」

ネスを抱きかかえ、マルスは少年らの部屋へと駆け込み、ベッドにゆっくりと下ろす。
帽子を外し、額に手を当てると思っていた以上の熱さがあった。
普段から血色の良い方であるネスだが、頬ははっきりいってリンゴかと思うほどに赤くなってしまっている。
起きてはいるようだが、視線があってもどこか虚ろで意識が朦朧としてるのがはっきりと分かってしまう。

「大丈夫かい? 今、カービィが冷やすもの持ってきてくれるからね」

とりあえず、と水で冷やしたタオルで汗をかいている首元や額を拭ってやる。
気持ちよいのだろうか、ネスは目を閉じてされるがまま、ゆっくりと頷く。

「吐き気とかは? ダルい以外に何かある?」

緩慢な動きで首が左右に動くのを見て、マルスは「分かった」と答える。
どうやら熱が酷いだけのようで、ほかに問題はないらしい。
いつもとは違うネスの様子に驚きはしたが、これだけなら寝ていれば治りは早いだろう。
少しだけ安堵し、マルスは首元を整えて胸の辺りまでシーツをかけてやる。

「あの、マルスさん?」

と、そこにネスと同室の少年、リュカが心配そうな様子でドアの付近に立ち尽くしている。
顔色が良くないのは、誰かからネスのことを聞いたからだろう。

「カービィから聞きました。ネス、具合が悪いって……」
「うん、ちょっと熱が酷いみたいでね」

近寄ってくるリュカにベッドの横をゆずり、マルスはネスの身体を拭いて少し温くなったタオルを冷やそうと、洗面所へと足を運ぶ。

「ネス、だいじょうぶ?」
「……うん、熱いだけだから」
「お腹とか平気?」
「うん……ありがと」

心配そうな声色のリュカに、気だるそうに答えるネスの声が聞こえてきた。
ふと、ネスの病気がリュカに移るのでは、という不安がマルスの中に生まれる。
もしかしたら部屋を少しの間別にした方がいいかもしれない。
まして、少年に夜中までネスの看病をさせるわけにもいかないだろう。
絞ったタオルを手に、マルスは再びベッドに戻りリュカに聞いた。

「リュカくん。もしかしたらネスが治るまで、別の部屋の方に行ってもらうかもしれないけど……」
「あ、はい。それは構いません」

自分がネスの立場だとしたら、きっと風邪が移るのではと心配になるだろう。
同じようなことをマルスも考えるはずだと理解し、リュカはそれに頷いた。

「でも誰の部屋に?」
「そうだなぁ。まぁ有力候補としてはアイ…」

「リュカ、戻っているか? 勝手をしたが、アイクにしばらくお前を預かるよう頼んできた」

なんというタイムリーな登場とタイムリーな話題だろうか。
カービィをつれて現れたメタナイトは、部屋にリュカがいるのを確認してそう言った。

「……アイクさんの部屋ですかね」
「みたいだね。卿、お仕事がお早いようですが」
「ん、何かまずかったか? 風邪が移るとイカンと思ったのだが」
「いや、僕らもたった今その事について話していましたので……あまりに丁度良くて」

そう言って苦笑するマルスに、メタナイトはリュカにも「お前は平気か?」と問うた。
リュカはそれに頷き、自分のベッドの傍に置いてあった本を手に取る。

「これ持って行きます。でもネスは?」
「ネスは僕がつきっきりで看るから安心して」
「つきっきり……大丈夫ですか?」

ニコニコと言うマルスに、リュカは少しばかり心配そうだ。
けれどもそれに手を振り、笑いがならマルスは答える。

「早くネスに治って欲しいしね。それに、徹夜はなれてるから」

寝ずに動く事もあった戦争中の経験が、こんな形で役に立つなんて少し皮肉にも感じるが。
ネスに治って欲しいのは本心だし、こんな状態で一人にしておくのは可哀想だし。
なにより放っておくなんて、自分ができるわけがない。
マルスの言葉に納得したのか、リュカは頷き「ネスをお願いします」と頭を下げて部屋を出て行った。

「さて、じゃあ看病開始するかな。カービィ、冷やすものは持ってきてくれたかい?」
「うん、アイスノン!」

問いかけに大きく頷き、どこぞからひょいと横長の物を取り出すカービィ。
それを受け取り、「よし」と少しだけ気合を入れて、マルスはネスの看病を始める事にした。



+ + + + +



ふらふらする。
身体が妙に痛い。
頭がぼーっとする。

ふとかすかに戻ってきた意識に、ネスは緩慢な動きで何度か瞬きをして天井を見上げた。

(ぼく……どうしたんだっけ……?)

まだはっきりとしない意識で、今日の自分の事を振り返ってみる。
昼間までは全然何事も無かったのに、気がついたら身体が重くなり、頭もふらふらしだして。
一緒にいたカービィの慌てる声が聞こえたが、それに返事をするのも億劫になり。
机に顔をくっ付けたまま動けなくなってしまい、気がついたらマルスに抱きかかえられ、ベッドに運ばれて。
少しリュカと話をした記憶があるが、あまりはっきりとはしていない。
その後、マルスやメタナイトなどが何か会話をしていたような気がするが、その辺りから記憶がなくなっている。
今は何時だろう、自分はどうなっているのか、ネスは頭だけを動かして部屋を見回そうとした。

「あ、起きたかい?」

ふいに顔の辺りに影が掛かり、誰かが覗き込んできた。
まだぼやけている視界でははっきりと顔がわからないのだが、声と青い髪からしてマルスだろうとネスは思った。

「マルス、兄ちゃ……?」
「そうだよ。具合、どう?」

聞きながら伸びてきたマルスの手が額に触れる。
自分の額よりも冷たいその手が酷く心地良くて、ネスは思わず目を閉じた。

「うーん、昼間よりは下がったかな。ネス、大丈夫かい?」

いつも穏やかなマルスの声が、よりいっそうやわらかく感じるのは自分が弱っているからだろうか。
温かい声に目を開き、ネスはマルスの顔を見つめて小さく頷いた。

「そう、良かった」

にっこりと微笑むマルスに、胸の苦しさがふっと軽くなったような気がして、ネスはまた笑った。

「ずっといてくれたの?」

ふと気になってそう問い掛けると、マルスは「もちろん」と嫌味も無く笑顔のまま答える。
目に映った窓の外はすでに暗く、今が夜であると言う事を教えてくれた。
具合が悪くなったのが夕方前だとして、マルスはずっと傍にいてくれたのだろうか。
ふと申し訳ないような気持ちになり、ネスは小さな声で「ごめんね」と呟く。

「え、なんだい?」

あまりに小さな声に、マルスはネスが何か言ったのかよく聞き取れず、耳を口元に近づける。
けれど、ネスは謝罪の言葉を聞かせるのも悪く感じてしまい、小さく首を振るだけにした。

「もしかして……悪いなって思ってる?」

なんでこんな簡単にバレるのだろうか。
思わず「うっ」と声を詰まらせると、マルスがクスクスと笑った。

「そんなこと気にしなくていいのに」
「でもこんな遅くまで…」
「じゃあ一人になる?」
「それは……」

いざそう言われてしまうと何も言い返せなくなる。
だって、そんなの嫌に決まっているからだ。
目を開けた時、傍に誰かがいてくれて安心した。
それがマルスだと分かって、すごく嬉しいと思った。
それは全部、本心だ。

「ま、ネスを一人になんて、嫌がられたって僕はしないけどね」

そう言って、頭を撫でてくれるマルス。
その様子からは、嫌々ここにいるなんて雰囲気は微塵も感じられない。
『一人にしない』という言葉が、すごく嬉しい。

「そんなに心配してくれてたの?」

ポツリともらしたネスの言葉に、マルスは大きく頷く。

「当然。ネスの具合が悪いってカービィから聞いた時は、心臓が飛び出るかと思ったんだから」

言って、不安そうに眉をひそめるマルスを見つめてネスはもう一度聞いた。

「ホントに?」
「ホントに」
「ホントにホント?」

具合が悪いせいもあるのだろう、相当ネガティブになっている様子のネスに、マルスは苦笑する。
疑いの裏にあるのはこちらを信じれないという気持ちではない。
単純な不安だ。
こう弱っている時は、どう口で説得しようがその心の不安が消える事は無いだろう。
まして、ネスはまだ子どもなのだ。
誰かの温もりを必要とするのは当然だ。

「ホントだよ。すごく心配したし、それに今も心配してるんだよ」

マルスはにっこりと微笑むと、両手でネスの頬を包み込み、自らの額をネスの額をコツリと重ねた。

「ネスが早く元気になりますように、ってね」

あまりに近すぎて、ネスにはマルスの顔がぼんやりとしか見えなかった。
でも、彼の優しさは表情が見えなくったって手に取るように感じる事が出来る。
いつもは構われすぎて恥ずかしいから、こんな風にされたらマルスのおでこを叩いてしまうだろうけれど。
こんなにお荷物状態の自分さえも心配してくれるのなら。

「ねぇ、マルス兄ちゃん」

これだけ顔を近づけていたから聞こえたであろう、小さなネスの声。
「なぁに」と先を促すと、眠くなってきたのだろうか、目を閉じながら少年は続けた。

「早く元気になるから……だから、手、握ってくれる?」

そうしてそろりと差し出された小さな手を見つめ、マルスはにこりと微笑む。

「甘えん坊だなぁ、ネスは」

まるで「しょうがない」と言わんばかりの口調だったけれど。
本心ではネスの不安が拭えるのならばと、マルスはその手をぎゅっと包み込んだ。
弱々しい力ながら、握り返してくれるネスに愛しさが溢れてくる。

「にい、ちゃ……」
「なんだい?」

半分眠り始めているのだろう、かすかに呟くネスの声を聞き漏らさないようにと、マルスは耳を口元に近づける。
と、次に囁かれた意外な言葉に、マルスは少し目を見開いて驚き、そして嬉しさのあまりに顔を綻ばせた。

「……可愛いこと言ってくれるじゃないか」


――兄ちゃんが倒れたら、ぼくがずっと手を握るからね。


「あんまり風邪とか引かないんだけど……」


こんなに嬉しい看病が待っているのなら、寝込むのも悪くないのかもしれない。

「やれやれ、僕も焼きが回ったかな?」

そんな風に思ってしまう自分に、マルスは苦笑するしかなかった。

「早く元気になってね、ネス……」

一人小さく呟いて、マルスはネスの頬に口付けを落とす。
早く治るように、ネスが元気になるように、そう祈りを込めて。






* * *





ちょっとしたヨタ話。

実はアイリュカの「同音異字」と繋がってたりします。
ネスが風邪引いたから、あの話でリュカがアイクの部屋に行くことになった、と。
しかし自分で書いててなんですが、メタナイトさんは仕事お早いですね!(笑)




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