【 LA NOSTRA FELICITA 】

だぶんへTOPへ



それはほんの些細な日常の、けれど耳を疑う言葉。

「アイク、どうしたんだ?」

今日は乱闘に出るということで早々に身支度を終えたアイクが、テーブルの上にじぃっと視線を注いでいるものだから。
マルスはコーヒーを飲もうとして上げていた手を下ろし、彼の傍に歩み寄った。
今日はマルスの試合は無く、ゆっくりと観戦者として楽しもうかとマントも着けずに青い服を着崩して寛いでいる。

「これ……」
「ん? あぁ、僕のプロフィールの紙か」

そう、彼が見ていたのはマルスが昨日の夜に書いた、誕生日や出身、好みのものなど、様々な個人情報を書き込んだ一枚の用紙だった。
大乱闘の世界に呼ばれた時に、個々の好みなどが知りたいとマスターハンドに書いて渡しているものなのだが、彼(手?)がマルスのだけ見当たらないと言い、もう一度書いてくれないかと頼んできたのだ。
別にたいした手間でもないと請け合い、昨日のうちに書き上げたのだが。

「なんか変な事書いてあるかい?」

あまりにもアイクが凝視しているのが気になり、マルスは横に並んで同じようの覗き込む。
これといって面白いことが書いてあるわけでもないはずだが。

「……誕生日」
「ん、そうそう。もうすぐなんだよね、僕」

紙に書かれている日付と、今日の日付は非常に近いもので。
そう告げるマルスに、アイクは紙を見つめたままポツリと口を開く。

「俺もだ」
「え?」
「俺も同じ誕生日だ」
「え、本当に!?」

そう言われ、マルスは思わず紙を持ち上げて自分の誕生日を指差す。

「僕とアイク、同じ誕生日なの?」
「あぁ」
「へぇ〜、そうなんだ」

別段、誕生日にものすごくこだわりを持っているわけではないのだが、想い人と産まれた日が同じなど、なかなか嬉しい偶然ではいか。

「なんか嬉しいね」

ニコニコとそう語りかけるマルスに、けれどアイクは眉間にシワを寄せたまま一言を放った。

「そうか?」
「………………え?」
「複雑だ」
「………………え?」

それは一体どういう意味で?

「アイク兄ちゃーん!」

問いかけようとしたところで、ネスの声が外からアイクを呼んだ。
ネスも今日は乱闘に出る人物で、おそらく一緒にステージに行こうという誘いだろう。
アイクは「行って来る」とだけ残し、踵を返して部屋を出て行ってしまった。

「えっと、行って……らっしゃい」

そして部屋に残されてしまったマルスは、ただ呆然とそれを見送るしか出来なかった。



+ + + + +



一体何が不満だと言うのか。
なぜあんなに眉間にシワを寄せてまで「複雑だ」などと言うのか。

「嬉しくないなら嬉しくないって素直に言え! アイクのバカッ!」

誰もいないハルバードの廊下で、らしくないと思いながらも声を張り上げずにはいられなくて。
マルスは一人イライラを吐き出すが、それでも叫んだら叫んだでなんだか虚しくて。

「……はぁ、もう、いいや」

なんて、結局ため息を吐いて気持ちを落ち着かせるしかやることがなくなるわけで。
時々、アイクの考えが分からない時がある。
それは、別段彼が「変わった考えをしている」という訳ではなく、どちらかと言えば「口数や言葉が足りなくて」理解出来ない場合が多い。
おそらく、もしかしたら今回もアイクはかなり単語を減らして言葉を発したのではないか。
そう考えもしたのだが、言葉を抜かしたとしても誕生日の一致に対する不快の理由がわからない。
乱闘がある場合、不参加のメンバーも大概が観戦に行くために廊下はとても静かだ。
コツコツと自分の足音だけを耳にしながら、マルスは人気の無い大広間へと向かった。
自室にいるのも嫌だったし、何より今の気持ちのままアイクの出る乱闘を観戦したとしても、表情が強張ったままで素直に応援できるとは思えなかったからだ。
そんな様子を見られれば、「何かあったのか」と聞かれるに違いないわけで。
状況を説明するのも面倒だし、何より原因なんて自分が一番知りたいのだ。
マルスは自分でも珍しいと思うほどの苛立ちに包まれながら、大広間のドアを開け放つ。

「まったく……理由ぐらい言えっての!」

――ガンッ!

思い切り空けられたドアが勢いのまま壁にぶつかり、けたたましい音を上げる。

「……わっ!」

と、同時に誰もいないと思っていた部屋から、明らかに驚いた風の人の声が返ってきた。

「あ、ごめん!」

人がいたとは思わず、辺り構わず八つ当たりをかましていた事に気付き、マルスは慌てて謝罪の言葉を口にした。

「誰かと思ったら……こんにちは、マルスさん」
「あ、トレーナーくん」

中には、観戦に行ったと思っていたポケモントレーナーの少年が一人、ソファーに腰掛けていた。
その足元には、彼のパートナーの内の一匹であるリザードンが丸くなって眠っている。

「あれ、今日ネスが出場だけど……」

ネスのみならず、リュカやトゥーンリンクなどとも仲が良い彼がどうして一人でここに残っているのか。
不思議に思うマルスに、トレーナーの少年は足元のリザードンを指差した。

「リザードンの具合がちょっと悪くて。皆が観戦行ってる間、広いこの部屋でだらーっとさせようかなって」
「そうだったんだ……ごめん、大きな音を立ててしまって」

言って足元で眠るリザードンの頭を撫でる。
ふぅと息を吐いて理解してくれたらしいリザードン。
その尻尾に灯っている炎がいつもより弱く揺らいでいるように見えた。

「それよりマルスさんこそどうしたんですか? アイクさん、出場ですよね?」
「え? あぁ、うん、まぁね……」

見に行かないのか、というニュアンスの少年に、マルスは思いっきり顔を濁らせる。
普段そんな表情をしないマルスにもの珍しさを感じつつ、少年は「何かあったな」ということを察知し、聞いた。

「ケンカでもしたんですか?」
「ケンカというかなんというか……」

状況的に言えば、マルスが一人でイライラしているというのが現状だ。
なんだか情けなさを感じつつも、それでもそうさせているのはアイクだと彼は思うようにする。
責任転嫁だなんて、そんなことは無い。
……と、思いたい。

「アイクとね、誕生日が一緒だって分かったんだ」
「マルスさんとアイクさんが?」
「そう。今日の朝にね、判明したんだけど」
「へぇ、すごい偶然ですね! いいですね、同じ日に生まれてるなんて」

笑顔で頷く少年に、けれどマルスはため息でそれに答える。

「そう思うよね、普通は。でもさ、何が原因かは不明だけど、アイクにとっては複雑なんだってさ」
「複雑、ですか……」
「うん。少なくとも『嬉しい』という顔はしてなかったな」

言い終わり、少年の横にやれやれと腰掛けてマルスはアイクのあの表情を思い出す。
困惑のような、がっかりのような。
とにかく、良い色合いの表情ではなかった。
ふと苛立ちが再びこみ上げてきて、マルスはもう一度ため息を吐いた。

「なぁにが不満なんだか。でも原因は口にしなくてさ」
「まさか、誕生日が一緒だと『忘れた』とかそういう事が言えなくて、記念日を気にしてなきゃいけないのが嫌だ、とか……」
「確かに誕生日忘れられたら悲しいけど、それに執着するほど僕は女々しいつもりはないよ」
「ですよねぇ。じゃあなんでしょう」
「さぁ……それが分かれば苦労はないんだけどね」

アイクは決して口数は多くない。
けれども、必要なことはしっかりと告げる方だ。
それが今回は色々と足りなさ過ぎるのだ。
言葉も、原因も、理由も。
彼の真意がどこにあるのか、マルスにもさっぱりなのだ。

「そういえば、お二人の誕生日はいつなんですか?」
「ん? 4月20日」

その日付を聞いたトレーナーの少年は、目を大きく見開いて驚いた様子を見せた。

「すごい偶然ですね。リュカも同じ日が誕生日ですよ」
「え! じゃあ同じ日に生まれた人が三人もいるっていうこと!?」
「そうなりますね」
「すごいなぁ。なんという偶然……」

不思議な縁でこの世界に呼ばれた仲間のうち、同じ日付の誕生日を持つ者が三人もいるなんて。
と、一瞬アイクとのいざこざを忘れたマルスだったが、目を細めて腕を組み、思案を始める。

「……リュカくんには申し訳ないけど、それをネタにちょっとアイクにふっかけてみるか」
「と、言うと?」
「いや、単純に『リュカくんも同じ日が誕生日なんだ』って教えてさ。リアクションを見てみようかと……」
「案外みみっちいことをしますね、マルスさん」
「あはは……堅実ってことにしておいてくれないかな?」

言われてしまった事が的確すぎて、マルスは自分に苦笑するしかない。
でもどうしようもないじゃないか、アイクの表情が曇る原因が思い当たらないのだから。
かといって、この微妙な空気のまま誕生日を迎えるのも良い気分ではない。
アイクとは、言い合いだってケンカだってしなれている。
それぐらいで嫌いになるほど、マルスも子どもではないのだ。

「せっかく同じ誕生日を持つ人間が三人もいるんだ。楽しい気持ちで当日を迎えたいじゃないか」
「そうですね。どうせなら盛大なお誕生日会とかしたいですよね」
「そうなってくれたら僕だって楽しいよ。だから……」

なるべく早急に、アイクの内面を聞かせてもらい、状況を打開した方がいいだろう。

「とりあえず、もうそろそろ乱闘終わるだろうからアイクを迎えに行くよ」



+ + + + +



いざトレーナーの少年を話を終え、アイクの出てくる所であろう乱闘参加者の控え室に足を踏み入れたマルス。
外の歓声と一位を告げるアナウンスが、アイクの名を上げているのがマルスの耳にも聞こえてくる。

「相変わらず強いなぁ」

アイクの乱闘での勝率はかなりのものだ。
元々この大乱闘は勝負事というよりはお祭り色が強い。
だが、『戦い』を意識する者からすれば様々の、それこそ自分の世界にはない、未知の武器で戦う者も相手に出来るということで、非常に良い経験になるわけだ。
アイクもどちらかと言えば、自分の技術を上げることに余念がないタイプ。
お祭り色が強いとはいえ、勝負ごとで手を抜く人間ではない。
故に、彼の勝率は自然と上がっていくことになるのだ
マルスも自分を鍛えることは嫌いではない。
が、彼とは「王子」と「傭兵」という立場の違いがある。
傭兵として生きるアイクと王子として生きるマルスでは、自分が生きるために一番必要なものにも違いが出てくる。
自らの腕のみで生きていくアイクが、己の実力を高めようとするのは必然であると、マルスも十分に理解しているのだが。

「今だって強いのに。これ以上強くなられて差が出来たら、ずっと勝てなくなりそうだ」

アイクがそんなことで自分を見下すようになることは絶対にないだろうけれど。
追いつけなくなるというのは対等で無くなると言う事だろうか。

「……アイクはそんなこと、気にしないんだろうけどね」

そうなってしまったら少しばかり寂しいなと苦笑をしていると、、試合を終えたアイクが扉の向こうから姿を現した。

「マルス?」
「や、お疲れ様」
「……あぁ」

目の前で待っていたマルスに僅かに驚いたものの、彼の表情はすぐに今朝見せたような、どこか連れないものへと変わっていく。
マルスの労いにもかすかにうなずいただけで、あまり顔を合わせようとしていないようだ。
さて、この微妙な態度の原因はなんだろうか。
なるべくなら楽しい気持ちで誕生日を迎えたい。
そしてお互いに「おめでとう」が言えたら嬉しいのに。

「あのさ。さっき知ったことなんだけど」
「……なんだ?」
「誕生日。僕らだけじゃなくて、リュカくんも同じ日なんだってさ」
「そう、なのか。アイツも……」

少しばかり驚いたような雰囲気はあったが、嫌そうな雰囲気は出ていないように思える。
どうやら同じ日の人がいる、というよりは、自分との何かが問題なのかもしれない。
意を決し、言い合いになるならなれ! と、ばかりにマルスは口を開いた。

「三人も一緒って、嫌かい?」
「いや、特には。むしろすごい偶然だろう」
「そうだよね、僕もそう思うよ」

「それでさ」と、マルスは横を向いたままのアイクの正面へと回り込み、その顔を覗き込んだ。

「朝言ってた事、覚えているかい?」
「………………」
「キミ、僕と同じ誕生日で複雑って言ったんだけど」
「………………」
「覚えてるよね?」

視線が逸れる辺り気まずさを覚えいるようであるが、アイクは小さくうなずいて返してくれた。
反応があることにホッとしつつ、マルスは冷静に言葉を選んで問いかけていく。

「僕はさ、アイクと誕生日が同じって知って嬉しいんだけど……アイクは違うんだ?」
「………………」
「誕生日ぐらいでガタガタ言うほど僕は女々しいつもりはないけど、複雑と言われるとやっぱり気になってさ」
「………………」
「嫌なら嫌って言ってくれていいんだけど……」
「そういうわけじゃ、ない」

無言を貫いていたアイクが、小さく声を零す。
アイクらしくない小ささに、マルスは彼が何かを気にしているのではと感じた。
だから、アイクが言葉を続けるのを静かに待つことにした。

「……あの、だな」

少しの間をおいて、アイクが言葉を探りながらしゃべり始める。

「笑うなよ?」

投げかえられた問いかけは、アイクが大抵自分を低く見るときに張る予防線。
自分の考えてることがおかしいことじゃないか、と、マルスに対してだけ口にする単語だ。
だからマルスは、アイクが自分に対して怒っていたり複雑になっていたりするのではないんだと気付いた。

「それは聞いてからじゃないと何とも言えないかなぁ」
「あのなぁ」

だから、肩の力が抜ければと少しだけとぼけてみると、アイクが微かに笑った。
どうやらアイクも気が楽になったと判断し、マルスは続きを聞くことにした。

「怒りもしない、笑いもしない。だから教えて欲しい。複雑ってどういうことだい?」
「……お前のプロフィール、色々見てて思ったんだ」

それは今朝、アイクがテーブルの上で凝視していたマルスが書いたあの紙のこと。

「別に身分をどうこう思う気は無い。王子だろうがマルスはマルスだ。俺はお前を大事だと思っているし、お前も俺を大事だと思ってくれていると信じている」

相変わらずサラリと嬉しい本音を告げてくれると、内心で照れながらもうなずいて先を促す。
けれど、そこで少しだけアイクの顔が曇った。

「だがな。やはり俺はただの傭兵で、お前は王子だ。やっぱり差はあるよなって思ってな」
「それで?」
「何か並ぶ物が欲しい、お前と同等でいられるものが欲しいと思った。で、お前と俺は一歳しか違わないだろ?」
「そうだね。僕の方が年上だけど……」
「そう、それだ」

マルスが口にした単語を聞いて、アイクが一人でうなずいた。

「せめて、少しでも同じ間。同い年になれたりしないか、って考えたんだ」

傭兵と王子、年上と年下。
お互いが意識をしなければ大した問題ではないが、そこにはやはり差がある。
剣の腕だって、マルスはほぼ自分と同格。
何か、もっと対等でいられるものはないだろうかと思った。

「でも、俺とお前は誕生日が同じだった。それはつまり、同時に歳を取るということだろ?」
「そうだね」
「お前に並んだと思った途端、お前も一つ先に行く。それがなんだか、悔しかった」

追いつけない。
そう思ったら、素直に喜べなくなってしまっていた。

「だから複雑だって言ったんだ?」
「あぁ。嬉しいんだが、なんかこう、少し悔しいなとも思って……だな……」

そこまで言って言葉を濁し、顔を俯かせるアイク。
けれど、その行動は気まずさからくるものではなく、照れ、なのだろう。

「でもさ。それでも、嬉しいとも思ってはくれていたんだ?」
「当たり前だ。偶然にしたってなかなか有りえないだろ?」
「そうだね。なかなか聞かないね」
「でも、それよりもなんか悔しかった」

妙な対抗意識を見せるアイクだったけれど、マルスはその心に覚えがあった。
先ほどの乱闘で、アイクが一位になった時。
これからもっと強くなるであろうアイクに、少しばかりの寂しさを感じたからだ。
置いていかれる、隣に並ぶことが出来ないかもしれない。
そんな事、お互いが望めば簡単に出来ることなのに、なぜかそれが出来なくなるようで。

「僕だって、アイクに置いていかれそうって思ったりするんだけどね」
「そうなのか?」
「そうだよ」

アイクは強い。
そして、自分が「王子」だからこそ得ている物を、アイクは「彼」という存在だけで手に入れている。
仲間、地位、強さ。
マルスからすれば、アイクの方が自分よりも先を行っている様に思えているのに。

「なんだかんだで似た者同士なのかな、僕らは」
「そうかもな」

苦笑すると、同じようにアイクも目を細めて笑う。
どうやら全部を話してくれたらしく、彼の様子も幾分もすっきりとしているようだった。

「でもこれで、素直にアイクにおめでとうが言えるから良かった」
「俺もだ」

同じ日に命を授かるなど、なかなか有り得る事ではない。
ましてそれが、想い合う者であればなおさら嬉しいものだ。

「僕らとさ、あとリュカくんも同じ誕生日だから。マスターハンド、何か豪勢なことしてくれるかな?」
「俺はそういうの苦手なんだがな……」
「いいじゃないか。きっと皆も祝ってくれるよ」

そんなマルスの予言が当たるかのように。
その日の夜、誕生日が同じ者が三人いるとトレーナーから聞いたマスターハンドが盛大な誕生日パーティをしようと全員に話を持ちかけてきた。
アイクは非常に複雑そうな顔をしていたけれど。



「なぁ、マルス」
「なんだい?」
「誕生日。何か欲しいもの、あるのか?」

全員がワイワイとパーティについて盛り上がる中、アイクにこっそりと耳打ちをされたマルスはクスリと笑ってこう囁いた。


「一緒にパーティに出て欲しいな。で、僕に『おめでとう』って言ってくれたら満足」


その答えに、アイクは困ったように笑い、うなずき返したのだった。







* * * *





誕生日ネタです(笑)
直接祝ってるようなものではないのですが、同じ日だって知ってからずっとこれを暖めてて。
アイクが湿っぽいですが、少しでも対等が良いって思うからこそ湿っぽいのかなって(笑)





だぶんへTOPへ
* * * *