【 微睡み 】
「うーん……」
なんだか妙に眠い。
漫画を持っている手から力が抜けて行きそうだ。
「ふぁ、あ……」
大きなあくびを一つして、ぼくは太陽の光が差し込む窓を見上げる。
ゆっくりと空を飛んでいるハルバードと太陽を遮るものは何も無く、光はその暖かさのままにソファに寝転がるぼくを暖めてくれる。
もう一回大きなあくびをすると、いよいよ眠たさが頂点に来たみたい。
少しだけ眠ろう、今日は乱闘の予定も無いし、誰か用事があれば勝手に起こしてくれるだろう。
漫画をお腹の上に伏せて、ぼくはソファに寝転んだままの体勢で目を閉じた。
すぐに記憶がなくなったのは、きっとぼくがあっという間に眠ってしまったからなのだろう。
+ + + + +
その日はとても陽の光が心地良かった。
部屋で書類仕事を終わらせ、休憩がてらに誰かと話がしたくてハルバードの大広間へと僕は足を運んだ。
あの部屋はハルバードに作られている室内では一番広く、必然的に誰もが自由に集まり、会話する集会場みたいな場所になっている。
誰もが気ままに過ごす場所。
おそらく全員がその部屋にそんな印象を持っているであろう。
僕もまた、そんな中の一人なのだけれど。
雲の合間を抜けていくハルバードの廊下から空を眺めつつ、目当ての場所へとたどり着いてドアノブに手を伸ばす。
この部屋へのノックは必要ない。
皆がそうして入っているからだ。
良い言い方をすれば公共の場、悪い言い方をすればプライベートも遠慮もない。
それがこの部屋だ。
ガチャ、とノブを捻ってドアを開き。
中へと入った僕はそこに人影が見えないのにすぐに気付いた。
「誰もいないタイミングだったか……」
気晴らしにと思ってきたのに、当てが外れたかと一人苦笑をする。
でも部屋に戻るのも面倒だなと、一番陽の当たるソファへと歩み寄る。
「あれ」
そこには先客がいた。
それも漫画をお腹の上に伏せたまま、心地良さそうに眠るネスだ。
おそらく漫画を読んでいる途中で睡魔が来て、そのまま寝てしまったのだろう。
ソファという不安定な場所で寝ているせいか、いつも被っている赤い帽子が脱げかかっていた。
「やれやれ。帽子落ちちゃうよ?」
起こさないように小声で話しかけながら、そっと帽子を脱がせて近くのテーブルに置いた。
お腹の上の漫画も移動させ、どこまで読んだのか分かるように同じ場所で伏せておいた。
すると自分の上から物がなくなったのが分かったのか、ネスは胸元を少しだけ掻いて身体を横に向けて寝なおしていた。
無防備な姿に思わず吹き出しつつ、ソファを照らす陽光を見上げる。
「……これだけ暖かければ、眠くなるよね」
でも何もかけないままというのも良くないかな。
右肩の赤い宝石の留め具を外し、マントを手に持って少しだけ折りたたむ。
そしてネスの身体を綺麗に包めるようにそっとその上からかけてあげた。
アイクが「これがあればどこでも寝れて便利だ」なんて言っていたのをふと思い出す。
前にそんな話をした時は「そりゃそうだけど…」と苦笑してしまったが。
確かに、こういう不意な時にこういう事をしてあげられるのは良い事かも、なんて思う。
「おやすみ」
眠るネスの髪を撫で、頬にキスをして僕は向かいにあるソファに腰掛けた。
+ + + + +
日差しが眩しい。
あったかい。
ふとそんなどうでもいいことを考えながらぼくは目を覚ました。
最初はぼんやりとしか考えてなかったけど、ゆっくりと「そういえばソファで寝たんだっけ」と思い出す。
何度か瞬きをしてあくびをして、そして身体を起こして自分の身体を見た。
と、青い布がかけられているのが見えた。
「……?」
まだよく動かない頭で考え、それを握り締めていると、
「あ、起きたかい?」
横から声が聞こえた。
まだはっきりとしない意識のままそっちを見ると、ぼくと同じようにソファで寝そべって雑誌を読んでいるマルス兄ちゃんが見えた。
仰向けに寝転んで、ブーツも脱いで、足を組んで雑誌を読んでいる姿はとてもどこぞの国の王子様だとは思えないダラけっぷりだ。
「……何してんの?」
「書類仕事終わって、誰かいるかなって思ったんだけどさ」
眠ったキミしかいなかった。
そう苦笑され、ぼくはあくびでそれに返事をした。
「マルス兄ちゃん。王子様のくせにそんな格好でいいの?」
「うん、何が?」
「ソファで寝そべって雑誌なんてさ」
ぼくの言葉にマルス兄ちゃんは開いていた雑誌を閉じて握り締め、両手も頭の上で組んで「んー」と少し考えたようだった。
その姿はまるで親戚や近所のお兄ちゃん、という雰囲気が近かった。
「ま、いいんじゃないかな。ここはアリティアじゃないし」
そう言って、また雑誌を広げて読書を再開してしまう。
大体マルス兄ちゃんは「王子がそんなんでいいのか」という言葉に対しては「ここはアリティアじゃないし」という文句をお決まりの返しに使っていた。
実際にそうであるし、マルス兄ちゃんも国の事が絡めばしっかりしているし。
「……公私はしっかり分けるってタイプ?」
「難しい言葉を知っているね」
「バカにしてる?」
「違うって」
言い合って、お互いに少し笑い合う。
あ、そういえば。
「ねぇ、これマルス兄ちゃんのマント?」
身体にかかっていた青い布を握って聞くと、兄ちゃんは「そうだよ」と頷いた。
「暖かいけどさ、まぁあったほうがいいかなって」
「ふーん……ありがとう」
「どういたしまして」
横顔のままにマルス兄ちゃんが笑みを見せる。
無駄に整った顔の笑顔はやっぱり様になるなぁって思うけど言ってやらない。
「もうちょっと借りていい?」
「え、まだ寝るのかい?」
「だってリンクはちょっと船に戻ってるし、リュカも家に帰ってるし」
「そっか。おチビくんもリュカくんもいなかったね」
「珍しく用事かぶったみたいでさ。暇なんだよね〜」
言いながら大あくびをすると、マルス兄ちゃんがくすくす笑うのが聞こえた。
「大きな口だね」
「カービィには負ける」
「比べる基準がおかしいよ」
笑いながらマルス兄ちゃんは雑誌をめくっている。
何を読んでいるのかと見ていると、どうやらぼくらの世界で売っているような洋服が載った雑誌みたいだった。
「それ、楽しい?」
「うん? あぁ、まぁ時間つぶしにはなるかな」
何を聞かれているのか察知して、マルス兄ちゃんはぺらぺらとページを捲っていく。
ぼくらの世界にあるような雑誌というものは、マルス兄ちゃんの世界にはないもので。
ということは、マルス兄ちゃんにはあまり必要の無いものばかりが載っているものなんだけれどな。
「あーでも。たとえばネスとオネット出かけるとしたらどんな格好がいいかなぁ、とか想像するのは楽しいかな」
「なにそれ」
「えーっとなんていうのかな。ファッションショーってやつ?」
「頭の中で?」
「まぁね」
「……でもそれ、女の人用がほとんどじゃない?」
「あれ……どうりで男性用が少ないわけだ」
「気付かなかったの?」
「僕の世界にはこんなものないからね」
雑誌を閉じてそういうマルス兄ちゃんに、ぼくはソファの上からテーブルの少し先におかれたブックスタンドに目をやった。
確かあの中のどれかに男の人用のがあったような。
PSIを使って本を浮かせ、表紙からそれらしいのを目で判断してマルス兄ちゃんの上へと運んであげる。
「これ、だと思う」
「わざわざありがとう」
女の人用の雑誌をテーブルに放り、マルス兄ちゃんの手が雑誌を掴む。
それに合わせてPSIを解いて渡してあげる。
「……こうして助けてもらってると、キミの能力は便利な反面、危険だね」
「どうして?」
「だってこうやってダラけてても楽が出来ちゃうじゃないか」
そういえば、ぼくたち揃ってソファに寝そべったままだ。
マルス兄ちゃんがそんな事を言うのがおかしくて、ぼくは思わず笑ってしまった。
「マルス兄ちゃんもダメ人間になっちゃったりするんだ」
「なれるものならなりたいなぁ」
それは「王子」という肩書きからくる言葉なのだろうか。
「でもぼく、ダメ人間なマルス兄ちゃん嫌いになるかも」
「えー。ダラけてる僕は嫌かな?」
「ずっとダラけてる人なんてかっこよくないしね」
「普段の僕をかっこいいって思ってくれてるんだ?」
「……訂正します」
ちょっとでも褒めるとすぐこれだもんなぁ。
呆れてため息を吐くとマルス兄ちゃんは「ごめんごめん」と笑っていた。
付き合っていられないや、とマントに顔を埋めて大きく深呼吸をする。
陽の光はまだ十分にあったかい。
目を閉じればすぐにでも眠れそうだ。
「寝るのかい?」
「うん」
「そっか。おやすみ、ネス」
「おやすみ、兄ちゃん……」
その会話を最後に、ぼくは言葉を喋るのをやめた。
時折マルス兄ちゃんが雑誌のページを捲る音を聞きながら、ゆっくりと眠っていった。
+ + + + +
渡してもらった雑誌に目を通してしばらく。
ネスの方を見ると完全に眠りに入ったようだった。
無邪気な寝顔に思わず笑顔が浮かんでしまうのは許して欲しい。
もらった雑誌は、言われたとおり男性のものが多く載っているものだ。
「……やっぱり全然違うんだなぁ」
もとより様々な存在が集められた、ごちゃ混ぜの世界だ。
誰がどのような格好をしていても大して驚きはしなくなったが、相手の世界の情報だけが集められているものを見ると改めて差異を認識するというものだ。
「僕はどれが似合うんだろう」
まったく違う服装だから、自分に似合うかどうかの想像が付かない。
あ、でもこの黒いロングのコートは僕好きだな。
これ似合うかな。
「……今度ネスに見繕ってもらおうかな」
自分の世界のものじゃないし、変なものを着るよりはいいだろうし。
もしオネットに行くとしたら髪の毛の色もいじらないといけないかな。
こんなに青い髪の人いないっていうし。
マスターハンドに頼めば髪の色ぐらいは変えてくれるかな。
色々考えてたら楽しくなってきたな。
一人で笑ってる僕を見たら、きっとネスは「何ニヤニヤしてんの」とか怒るのかな。
それすら楽しいから、僕はやっぱり笑ってしまうんだろうな。
* * * *
どうでもない会話が書いてみたくて。
セリフツラツラ書くの楽しいです。