【 夏の林檎 】
抜けるような青が広がる晴天。
そして目の前を埋め尽くす、空を目指す黄色のひまわり。
――ここはどこだろう。
ぼんやりとした水面を漂うような身体の感覚に、リュカはこれが夢だとどこかで理解した。
そよぐ風に穏やかに揺らぐその花々の光景は、いつかの幻を追いかけた時を思い起こさせる。
こんなにも鮮やかな色彩の世界なのに、寂しさを感じるのはどうしてだろう。
ふと背後に気配を感じ、リュカはゆっくりと後ろを振り返る。
視線の先には、風にたゆたう向日葵の合間に陽光を浴びて輝く金色の髪が靡いていた。
顔はこちらを向いていない。
それでも、リュカにはそれが誰なのかすぐに理解できた。
――リンクさん?
名を呼ぶも、その人は動かなかった。
聞こえていないのだろうか。
一抹の不安が胸を掠める。
――リンクさん!
狭くない空間でも届くであろう声で叫び、リュカはその金色を目指し走り出した。
また、大好きな人が手の届かない場所にいってしまうのではないだろうか。
そんな恐れを抱きながら、ただひたすらに走った。
まるで壁のような緑の茎を掻き分け、黄色の狭間の金色を見失わないように一心に走る。
あの人は遠くへ行かなかった。
けれども、自分も近づく事が出来なかった。
あぁ、また届かないのだろうか。
いくら駆け寄っても触れられない、見えるだけの幻なのだろうか。
それでも、諦めたら今以上に何かを失う気がして足を止められなかった。
手を伸ばし、その金色を見つめ、叫び、ただひたすらに走った。
――リンクさんッ……!!
おねがい、どうかいなくならないで。
+ + + + +
そんな夢の自分の叫びでリュカはふと目を覚ました。
夢を見ていたと自覚していたせいか、目覚めとの境が曖昧で少しだけぼんやりした間が生まれる。
指先で目を擦りながら、ふと今の現状を思い出して自分を抱きしめたまま眠るその人の顔を見上げた。
穏やかに眠るその目は閉じられていて、いつもの青い瞳は今は垣間見れない。
それでも、繰り返される呼吸に目の前の存在を確認し、リュカはほっと小さくため息を吐いた。
頭を支えてくれている腕が暖かい。
決してたくましい部類ではないけれど、この身を包み込んでくれるその腕がリュカは好きだった。
起こさぬよう気配を押さえながら、じぃっとその寝顔を見つめた後、リュカは夢の中の出来事を思い出して少しだけ表情を暗くした。
追いかけても追いかけても届かない。
前の記憶の中の出来事と重なるようで、心が苦しくなる。
寂しさを紛らわせたくて、目の前の姿を確かめたくて。
リュカはすっとその身を彼の身体に近づけ、胸元に頬を寄せた。
耳に届くゆったりとした鼓動がその存在を確かにしてくれる。
心地良い心音に目を閉じると、枕になっていてくれた腕が急に動き、身体を抱きしめるように包み込んできた。
「リュカ、どーした?」
急な出来事にビクリと身体を強張らせると、眠たそうな声がそう問いかけてきた。
「いえ、何でもないです……」
そんな事を言ってみても、発した自分の声は思っていたよりも震えていた。
「……本当に何でもない?」
囁く声は優しく、暖かで、酷く心に染み渡る。
悩んでいる時などに気付くと、彼はこうして語りかけてくる。
聞き出すわけでも、諭すわけでもなく。
「あんまり抱え込むなよ? 俺、聞くぐらいしかできないけどさ」
言いながら、長い指が髪を梳いてくれた。
触れられる体温に、リュカは心の影の部分が少しずつ掻き消えていくのを感じた。
あぁ、この人はこうしていつもぼくを包んでくれる。
元の世界では一人で大陸を駆け、闇を払い光をもたらし勇者となったそうな。
剣を振るう姿は勇壮でありながら、その人柄はとても優しくて暖かで。
笑う表情は、自分よりも年上ながら少年のように真っ直ぐだった。
いつから目で追っていたのかは覚えていない。
けれど、気がつけば手を伸ばしていた。
そして彼は、その手に気が付いて握り返してくれたのだ。
暖かな手だった。
「リンクさん」
「ん〜?」
いまだ寝ぼけているらしい彼の胸元から少しだけ顔を離し、その人を見上げる。
自分の瞳の水色よりも少しだけ濃い青の瞳。
自分の金の髪よりも少しだけ明るい金の髪。
似たような色彩が、リュカには嬉しかった。
家族と居た時は、自分だけが違う髪の色に時々少しばかりの不満を抱いた事もあったが、今ならその違いをしっかりと受け入れられてるように思える。
「……リンクさん」
ふと胸にこみ上げた愛しさに、リュカは彼の頬に手を添えた。
「何?」と不思議そうに微笑むその表情を見つめ、笑みを返した後に顔を近づける。
そして触れるだけのキスをして、リュカは微笑んだ。
唇に感じた温度にボーっとしていた彼の表情が、一瞬の時を境に一気に赤く変わる。
「ちょっ……ど、どうしたの?」
「いえ、なんとなくです」
にこりと微笑んで言うが、彼は腑に落ちないと唇を尖らせた。
「……やっぱり何かあったんだ」
「何もないですって」
「ウソつくなよ〜」
どこか照れくささを隠す口調で彼は言い、リュカの身体をキツく抱きしめてきた。
「くやしいなぁ」
「何がですか?」
「俺がドキドキさせられてる」
確かに言う通り。
彼の鼓動は、先ほどの穏やかなリズムより少しだけ早くなっている。
けれど、何もそれは彼だけの話ではない。
「ぼくはその前からずっとリンクさんにドキドキさせられてます」
「え、いつ?」
「……さぁ、いつでしょうか」
「リューカー」
恨めしそうな声に思わず吹き出してしまい、リュカは抱きしめる腕の中でクスクスと笑った。
そう、ずっと鼓動は早まってばかりだった。
剣を携えて駆ける姿を見たときからずっと。
「リンクさん」
「……何?」
好きだ、なんて言葉にするのが急に恥ずかしくなって。
そんな意味が伝わればいいなと、リュカは彼の胸元に頬を寄せる。
それに答えるかのように、彼の手がリュカの頭を撫でてくれた。
少しだけ早い胸の鼓動と優しい手が、リュカに穏かな居場所を与えてくれているようだった。
* * * *
ちょっとしたヨタ話。
kalafinaというアーティストの、同タイトルから取りました。
私の脳内でのリンリュカのテーマソング状態です。説明不要なほどに(笑)
リンクとリュカは、暖かいような。でもどこか切ない感じがします。
それが「夏みたいだなぁ」って思ったんです。
それに歌詞も素敵ですし。完全にインスパイアされてます(笑)
* * * *