【 ねがいごとひとつ・きみへ 】

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きみは時々泣いている。
声を張り上げて泣き喚くわけじゃないけれど。
一人でひっそりと、夢の中で泣いている。
どんな夢を見ているのか、ぼくには全然分からない。
いくらPSIでも、夢の中までは見れないから。
だから、きみがどんな夢を見ているのか、ぼくには分からない。
分からないけど、でも一つだけ分かってることがある。

それは、きみが涙を流すような想いを抱えているということ。

ぼくは、その想いをきみから奪い切れないでいる。
とても、とても、もどかしい。
どうしたらきみが泣かないで済むのか。
ぼくは、きみの涙を見る度に考えてる。


答えなんて、見つからないけれど。


+ + + + +


時計の音のせいでもなく、誰かの呼びかけのせいでもなく。
ぼくはふいに自然に目を覚ました。
あまりにすっと起きてしまったから、一瞬自分は何をしていたんだろうと変なことを考えてしまった。
眠気が綺麗になくなっているせいで、さっきまで本当に寝ていたのかさえあやふやだ。
でも、こうしてベッド中に入っているのだから、眠っていたんだと思うことにした。
横には、枕に顔を埋めて眠っているリュカがいる、
昨日の夜、珍しく冷え込んだこともあり、どちらともなく「一緒に寝よう」と言い出したんだ。
同じベッドに潜り込み、シーツに包まって。
あったかいね、なんて笑いながらぼくらは目を閉じた。
まだ眠っているリュカの、寝癖でちょっとくしゃくしゃになっている金色の髪に、ぼくは思わず笑ってしまった。
リュカの髪の毛はふわふわで、そしてクセがつきやすいみたいだった。
たまに整えてもどうしようもないぐらい跳ねている時だってあるんだ。
ぼくも寝癖はつくけど、リュカよりはまだマシな方だと思う。
なんとなくそのふわふわの髪に触れようと、そっと手を伸ばした。
空は、果ての方がうっすらと明るくなり始めているが、起きるにはまだ早すぎる時間だ。
眠っているであろうリュカを起こさないように、ぼくは静かにその髪に触れた。
と、なにやらリュカが寝言を漏らした。

「クラ……ス……」

その名前にぼくはギクリとした。
もしかしてと思って、リュカの顔を覗く。
やっぱり、泣いている。
泣きじゃくるでもなく、リュカはひっそりと涙を零していた。

「リュカ……」

『クラウス』は、リュカの双子のお兄ちゃんの名前だ。
もうこの世にいない、リュカのお兄ちゃん。
リュカにとって、兄がいないということが大きな傷となって残ってしまっているらしい。
ぼくには決して治せない、大きな傷。

「リュカ」

どうやったらその涙を拭えるのだろうか。
ぼくはいつもそれを考えてる。
と、あまりの寒さにぼくは少し身体を振るわせた。
この寒さはちょっと想像以上だ。
部屋を暖かくしなかったのを後悔しつつ、ぼくはなんとなく薄暗い空を映す窓を見つめた。

――っと、ガラスの向こうを何かが横切った。

それはあまりにも小さくて、一瞬だったけれど。
まさかと思いながら、ぼくはそっとベッドを抜け出して窓から外を見つめ、そして確信した。

「リュカッ! 起きて起きて!」

満面の笑みを浮べながら、ぼくは涙を流しているリュカの肩を揺さぶった。
これなら、少しはきみも笑ってくれるかもしれない。

「ん……なに、ネス……」

きみはぼく以上に寝ぼけがひどいよね。
でもそんなのを気にしている暇はないんだ。
もうすぐ朝日が昇ってしまう。
そうしたら、きっとぼくが見つけたものは空に融けて消えてしまうに違いない。
その前に、なんとしてもきみに見せたかったんだ。

「はい、これ着て!」
「ん? うん……」

まだ眠そうに目を擦るリュカに、ピーチ姫たちから貰ったふわふわのあったかいコートを手渡した。
もうすぐ寒くなっていくから、と、姫たちが色々な人たちにプレゼントしていたものだ。
ぼくとリュカ、リンク(小さい方ね)のコートはおそろいで、色違い。
ぼくは赤でリュカは青で、リンクは緑。
ゆっくりながらもコートを着てくれたリュカの手を握り、ぼくは急いで部屋を飛び出した。
思った以上に寒い廊下に、ぼくらの息が少しだけ白くなって漂う。
外があんな風になっているのだから当然だけど、やっぱり寒い。
さすがのリュカも目が覚めてきたのか、ぼくの手を握り返す力が少し強くなっている。

「ネス、どこにいくの?」
「ん? ちょっとね」

不安そうなリュカに笑顔を見せて、ぼくは外へと続くドアを目指して歩き出した。
ゆっくりとだけれど、空が明るくなり始めている。

「ごめん、リュカ。ちょっと走るよ?」
「え、あ、うんっ」

リュカは分けがわからないという風だったけれど、ぼくに合わせて走り出してくれた。
手をつなぎながら、ぼくらは息を切らせて廊下を走り抜け、ハルバードの外へ続くドアを押し開けた。

「見て、リュカ!」

廊下よりも寒い外に飛び出し、ぼくはリュカの手を握っているのとは反対の手で空を指差した。
日の光が上りかけようとしている地平線の果て。
青と黒と薄いオレンジのグラデーションの不思議な色の夜の下。

「……わぁ……っ!」

リュカが、笑った。

「綺麗でしょ?」
「うん、すごい……!」

頬を赤くして、リュカは空を見上げたまま笑っていた。

「綺麗……綺麗……」

青と黒と薄いオレンジの空から降り注ぐのは、天から零れてきた白い白い花の欠片。
ひらひらと、ふわふわと、空気の中を踊るように、空から雪が舞い降りていたのだ。

「もう雪が降るなんて……」
「でもすごく小さいから、日が昇ったらすぐに霧雨に戻っちゃうかも」
「……そっか」

たまたま早く起きれたから気付くことが出来た、空からの贈り物。

「リュカ、また何か夢を見てた?」
「え?」
「泣いてたから……」

ぼくの言葉に、リュカの手が少し震えた。

「……うん、ごめんね」
「どうして謝るの? リュカは何も悪いことしてないよ?」
「うん、なんとなく……」

そう言って、困ったように笑うリュカ。
違うんだ、ごめんね、リュカ。
ぼくはリュカにそんな顔をさせたくて聞いたんじゃないんだ。
ぎゅっと握った手が、少し冷たくなっている。

「ねぇ、リュカ。知ってる?」

ぼくの言葉にリュカは首をかしげた。

「雪って、天からの手紙なんだって」
「天からの?」

不思議そうな顔。

「そう。ぼく、たまたまこんな時間に目が覚めたんだけど……そうしたらリュカが泣いててさ」
「……うん」
「どうやったら泣き止んでくれるかなって思ってたらね、外に雪が降ってるのに気が付いたんだ」

言って、ぼくはリュカの両手を握り締めて空を見上げた。
段々と空が明るくなるにつれて、降り注ぐ白い欠片が小さくなっているように見える。
雪に気が付いてから外に出て、朝日が昇るまでほんの数分の出来事。
けれど、そんな短い時間の間に雪は降ってくれた。

「きっとね、雪もリュカに元気になって欲しかったんだよ」
「ネス……」
「さっき、雪を見てさ。リュカ、笑ったでしょ?」
「うん、すごい綺麗だった」
「でしょ? 雪はね、きっとそうやってリュカに笑って欲しかったんだよ」

ぼくの言葉を聞いて、リュカもゆっくりと空を見上げた。
ほとんどオレンジの色になってしまっている空に、雪の欠片が消え始めている。

「ぼくも笑って欲しい」

リュカが、驚いたようにぼくを見る。

「ぼくもね、リュカに笑って欲しいんだ」
「ネス……」
「辛いこと、悲しかったこと、たくさんあると思う。でも……笑って欲しいんだ」
「………………」
「リュカは、一人じゃないから……」

リュカは何も答えなかった。
だけど、もう一度空を見上げて、またぼくと目を合わせたリュカは。

「ありがとう、ネス」

そう言って、笑ってくれた。
それは、寒い空の下でひっそりと咲く小さな花のようだったけれど。
でも、ぼくの心を暖かくしてくれる、綺麗な花。


見上げた空の雪は、太陽が昇るのと引き換えに雨に変わってしまったけれども。
リュカがいつか、悲しみを乗り越えて笑っていられる日がくればいいなと。

明るくなっていく空を見つめながら、ぼくはリュカと繋いでいた手に少しだけ力を込めた。







+ + + + +




どんなおおきなかなしみにまみれたとしても

どうかそのえがおがうしなわれませんように



ねがいごとひとつ、きみへ






* * *





ちょっとしたヨタ話。

本当に勢いだけのネス→リュカな話です……
漢字は微妙に違いますが、題名と同名の楽曲がありまして、それをみて思いついたネタです。
ネスリュカっぽい歌詞だなぁと思ったので、つい……気になりましたら、ちょっと検索してみてください(笑)

ちなみに「雪は天からの手紙」というのは、雪を研究していた方が残した言葉だそうです。
惚れ込んだので使ってみました……良い言葉です。




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