【 願いの夜に 】
願掛けやなんかはアイクの世界にだって存在する。
けれども、その単語や風習は初めて耳にする物だった。
「た、ば……なんだっけ?」
「だから七夕だってば。た・な・ば・た」
横にいたマルスに問い掛ければ、あきれたような声色で答えが返って来た。
「たな、ば、た……」
「そう、七夕」
教えられた言葉を繰り返し、アイクはハルバードの甲板に突き立てられる形で飾られている大きな笹を見上げた。
その笹を前にし、キャッキャと騒ぐ子ども組や女性陣の集まりの声を聞きながら、アイクはマスターハンドから手渡された小さな紙に視線を落とす。
どこぞの世界の行事で、なんでも願いを書いた紙――短冊を笹に飾ると、それが叶うとかなんとか。
「願いが叶う、か」
それを考えれば、目の前で子どもらや女性陣が楽しそうなのも頷ける。
アイク自身はこういうことで盛り上がるタイプではないが、妹などがこういった話題を口にすることはあったりもしたのだ。
どこの世界でも、人が楽しむネタというのは基本同じなのだなと思いながら、アイクはさて何を願おうかと笹を短冊を交互に見やる。
「おーおー、こりゃまたデカイ笹を持ってきたなぁ」
ふと後ろから聞こえた声に振り返ると、咥えた煙草を燻らせながらスネークが笹を見上げていた。
その手にはアイク達のものとは色違いの短冊が握られている。
彼が望んでこの企画に乗るとはあまり思えない。
マスターハンドに無理やりにでも押し付けられたのかもしれない、とアイクは思った。
「しっかしこんだけデカイのを船にブッ刺すとはな。メタナイトが切れただろうに」
「先ほどすさまじい勢いで怒り、そして意気消沈して諦めムードに突入。現在、操舵室に引きこもられています」
「ははは、そりゃ傑作だな」
この大きな笹を用意するにあたり、メタナイトはハルバードに設置するというマスターハンドの意見に食って掛かったのだ。
彼曰く、ハルバードの見てくれやバランスが悪くなる、というか壊す気か、と。
だが、神の「後で直してあげるよ」の一言の後、ハルバードの甲板には大きな笹がぐっさりと突き立てられたわけであり。
その後のメタナイトの発狂具合と心境の変化は、マルスが適度にスネークに説明した通りである。
「そういや知ってっか?」
「なんだ?」
「七夕の話だ」
いきなり語りだしたスネークの言葉に、アイクとマルスの二人は首をかしげて続きを待った。
「七夕ってのは俺の世界にある行事でな。あぁ、確かトレーナーの坊主の世界にもあったか。まぁそれはいい。とにかく、ちょっとした話があるんだ」
「何なんですか、一体」
「おとぎ話みたいなもんだ。織姫と彦星っつー恋人同士の話でな」
はるか昔、織姫と彦星という働き者の男女がいたそうな。
しかし、二人は一緒になったとたん、その幸せが楽しかったのか働きもせず怠けるようになってしまったらしい。
織姫は天の帝の娘。
帝は二人の働きが立派だから付き合いを認めていたというのに、結果はこの体たらくである。
二人の様子に織姫の父である天の帝は怒り、織姫と彦星を星の川で隔て、引き離してしまった。
悲しむ二人に帝は『しっかりと働くなら、年に一度会うことを許す』と告げる。
「こうして、二人は年に一度の邂逅のため、しっかり働くようになったとさ」
「へぇ、そんな話もあるんですか」
「ま、色々な諸説はあるだろうが。大体はこんな話らしい」
「……会えなくなったのか、その二人は」
意外にも少しばかり暗い声を出すアイクに、スネークはニヤリと笑みを漏らす。
「なんだ、リュカと会えなくなるのが寂しいか?」
「……わからない」
小声で答え、アイクはネス達と楽しそうに話しているリュカを見つめ、考えた。
慣れていると言えば可笑しいが、避けようも無い別れならば諦めもつくだろう。
例えば、死によっての別れ。
どうしもようもない、再会などありえないと分かりきったものなら、どうにかなるかもしれない。
だが、お互いが生きていると分かっているのに会えないとなった場合、どう思うだろうか。
正直な話、アイク自身、特定の一人に特別な気持ちを抱いているという状況は初めてだ。
故郷の世界で誰か一人を愛したという経験もないし、想い合ったという事も無い。
初めての気持ちを抱いたのが、違う世界の存在だ。
マスターハンドは「世界の均衡を崩さなければ会うのは構わない」と言っている。
けれどももし、何かの拍子にそれが叶わなくなったとしたら――
「………………」
そこまで考え、アイクはいまだ笑顔のリュカを見つめながら目を細める。
もしあの笑顔が二度と見られなくなったら?
触れることも叶わなくなったら?
その時、自分は一体何を感じ、何を思うのだろうか。
終わらない問答にアイクは一つため息を吐き出して、手にしていた短冊をじっと見つめたのだった。
+ + + + +
「アイク兄ちゃん、失礼ッ!」
昼間の短冊飾りと、そしてその後に行なわれた七夕パーティが終わり。
夜ももう更けようかという時間に、突然に叫び声が部屋の中に飛び込んできた。
「……ネスに、リュカ?」
「お、お邪魔します……」
どう見ても焦っているネスと、そんな彼に引っ張られた様子で苦笑いのリュカ。
対極にも見える二人の雰囲気に一体何事かと思っていると、廊下から小気味良い靴の音が響いてきた。
走っているようにも思えない足音だったが、それを耳にしたらしいネスの表情が一気に赤くなっていくではないか。
「なんだ、どうした?」
「ちょっと色々……あ、リュカこっち!!」
「ネスってば、素直になればいいのに……」
「リュカが何も言わなければこんな……! あ、来ちゃう!」
なにやら反論しかけたネスだったが、靴音が近づくのを察して扉の傍にあるバスルームへとリュカを連れて飛び込んでいく。
一体全体何事だと思っていると、ふいにドアのノックする音が。
「アイク、いるか?」
その声の主はマルスだった。
なぜマルスが、と一瞬考えたアイクだったが、すぐさま現状を理解する。
どういう理由かはいざ知らず、おそらくネスがマルスから逃げているのだろう。
ここは匿うべきなのだろうか。
そんな風に考えている間に、マルスは「入るよ」と一言断りを入れながらも遠慮なくドアを開け放つ。
「返事してないぞ」
「いるのぐらいは分かるさ。で、ネスが来なかったかい?」
「ネス? さぁ、えっと……」
誤魔化すような雰囲気を出したつもりだった。
けれども、戦争で磨き上げられた洞察力だろうか、マルスはアイクが一瞬だけバスルームに視線を向けたのを見逃さなかった。
「いるんだね」
おもむろに開けたバスルームのドアの先には、案の定ネスと、巻き込まれた形でリュカがいたわけで。
「あ、マルス兄ちゃん……」
「はぁ……キミはどうしてそうやって逃げるかな」
「に、逃げてなんか!」
「逃げじゃなきゃ何なのか、教えて欲しいな」
「そ、それは……うわっ! ちょっと!」
なにやらモゴモゴ言いかけたネスを、マルスは問答無用とばかりに小脇に抱きかかえてしまう。
この王子、細そうに見えて何気にしっかりと力と体力はあったりするから困る。
「は、離してよ!」
「はいはい、言い訳は後で聞くから」
「ぼくは何も……! ちょっとリュカ、助けてよー!」
「えーっと……ネス、ウソは良くないと思うけど……」
「えっ、なんでぼく!?」
「ほら、リュカくんもこう言ってるし、それじゃあ僕はこれで。アイク、邪魔したね」
「……あぁ、別に」
まだ暴れ回るネスのなどなんでもなさそうに、マルスはやれやれといった風に部屋を出て行ってしまった。
一体なんだろうと首をかしげていると、それに気付いたリュカが困ったように笑う。
「ネスが短冊にお願いを書いたんです」
「何てだ?」
「えっと、マルスさんと一緒に過ごせますようにって」
「へぇ、ネスが……」
珍しい、という意味合いでアイクは少し驚いた。
ネスとマルスの関係を知らないわけではないが、どちらかと言えばネスは素直な方ではない。
いくら心から願っていたとしても、マルス本人に読まれるかもしれない短冊に願いを素直に書き込むとは。
先ほどのやりとりは、それをマルスに見られて恥ずかしくて逃げた、という事なのだろう。
「アイクさんはスネークさんから聞きましたか?」
「何をだ?」
「織姫と、えっと……」
「彦星の話か?」
リュカが出した単語に覚えを感じ、アイクはその相手の名を呟いた。
確か、年に一度しか会えなくなった恋人同士の名。
答えにコクリと頷き、リュカは続ける。
「その話を聞いて、それで多分ネスは……」
「なるほど。“一緒に”と願いを書いたわけか」
スネークから聞いたというのなら、自分が教えてもらったのと同じとみて間違いないだろう。
「そうか、ネスもか……」
ふとアイクの呟きを耳にしたリュカは、その顔を見つめて、そして少し驚いた。
普段はどちらかと言えば無愛想な雰囲気が強く、また暗くなることも少ないアイクの浮かべている笑顔が、どこか哀しそうに見えたのだ。
「アイクさん?」
「ん? あぁ、ちょっとな……」
何か思うことがあるのか、アイクは傍に置いていたあるものを手にしてそれを見つめる。
それは、本来なら笹に飾るべきであろう短冊だった。
「それ……」
「あぁ、書いたはいいんだが。なんだか飾ろうかどうか迷ってな」
そう言って、アイクは願いの書かれた面を下にして短冊を置いた。
失礼かと思いながらも、らしくないアイクの様子が気になり、リュカは彼が座るベッドの横へ近づき、陣取った。
横にきたリュカの頭に自然と手をやり、その髪を撫でながらアイクは続ける。
「俺もな、スネークから話を聞いて考えたんだ」
「何をですか?」
「……もしかしたら、いつか会えなくなる瞬間が来るんじゃないかって」
「…………」
アイクの言葉に、リュカは何も言葉を返せずにうつむいた。
会えなくなる寂しさと辛さは、自分だってよく知っているものだからだ。
そして自分達のつながりは、ほんの些細な事で途切れてしまう可能性は拭えない。
「死に別れなら俺はまだ耐えれるだろう。理由はどうあれ、生きている以上は避けようがないからな。だが、だがもし……」
お互いが生きていると分かっているのに、強制的に会うのが叶わなくなったとしたら。
「俺はそんな経験、したことがない。だから自分がどう思うのか、そうなったらどうなるのか。さっぱり分からない」
だから短冊に書いてみたのだ。
「願い」というよりは「祈り」に近い、この想いを。
リュカはそっとアイクが伏せた短冊に手を伸ばす。
アイクはその動きを止めなかった。
読んでも構わないという肯定だと受け止め、リュカはそれを手にして文字の書かれた面を向けた。
本来なら、お互いの文化が違うために文字を読むことは叶わない。
けれども今は七夕。
仲間の願いが読めるように、マスターハンドが少しだけ力を貸してくれている。
お陰でリュカも、彼の願いを読むことが出来た。
――リュカと離れたくない。
簡素だった。
アイクらしい、短くて分かりやすいたった一つの願い。
「……これ……」
「らしくないだろ?」
苦笑する彼に、リュカは驚きながらも胸が熱くなるのを感じた。
ふと零れそうになる涙を寸でのところで押さえ込む。
「あの、正直に言うと……」
「ん?」
「アイクさんは『強くなりたい』とか、元の世界の平和とか、そういうのをお願いするとばかり思ってました」
「そうか」
だろうなぁと呟くアイクに、リュカは一言告げる。
「……ぼくも、同じこと書きました」
その言葉に、今度はアイクが驚く番だった。
スネークの話を聞いた時点でまだ何も願いを書いていなかったリュカは、なかなか思いつかなかった願いがそれによってあっさりと決まってしまった。
「お願い、色々考えました。もう嫌なことが起こらなければいいな、とか色々……」
それはおそらく、彼が経験した辛くて悲しい旅のことだったかもしれない。
もしかしたら、家族のことだったかもしれない。
短冊を手にしたままのリュカの肩に腕を回し、そっと自分の方に抱き寄せる。
まれにこの少年は、いきなり消えてしまいそうな雰囲気を醸し出す。
彼はここにいると自分に言い聞かせるために、彼にここにいて良いと言い聞かせるために、アイクはその小さな体をきつく抱きしめた。
その意を感じ取り、リュカもまたその胸に顔を埋めながら言葉を続ける。
「でも、それはどれも願うものじゃなくて、ぼくや村の皆がこれから頑張らなきゃいけないんじゃないかって思って……」
「そうか」
「だから、じゃあ何をお願いしようかなって思った時に……」
星の川に引き離された恋人同士の話を聞いた。
それで、願いは決まってしまった。
「……アイクさんとずっと一緒にいたいって、書きました」
異なる世界という、近いようで絶対に共存のありえないお互いが、いつまで一緒にいれるだろうか。
今まで考えた事はなかったが、思えば今のこの「一緒にいる」という事自体が偶然で、奇跡なのかもしれない。
「……これ、飾りに行くか」
リュカが手にしていた短冊を指差して、アイクは笑う。
それは、どこかすっきりとした普段の笑みだった。
「同じ願いとは思わなかった。嬉しかった」
飾り気も無い直球の感想に、リュカは顔を赤くする。
「二人が同じ事を書くのなら、叶うだろう」
一方だけじゃない。
双方からの想いが繋いでくれるのなら、それはより強固になるのではないか。
「そう……そうですよね」
「あぁ。それに思った」
何をだろうと首をかしげるリュカに、アイクは「決めた」という雰囲気で告げる。
「引き裂かれるなら、いっそ無理やりにでもお前を引き止めようか、とな」
「え、えぇ!?」
「お前が望めばの話だが」
「ぼくが決めるんですか? それはちょっと酷いです」
万が一が合った時、一緒にいるかいないかを自分に決めさせるというのか。
少しむくれると、悪い悪いとアイクは頭を撫でてくれた。
「……じゃあ行きますか?」
「そうだな。ついでに少し歩くか」
「ですね。星も綺麗ですし……」
いつか、もしかしたら引き裂かれるのかもしれない。
それでも、今は確かに一緒にいられるのだ。
「行くぞ、リュカ」
「はい、アイクさん」
手を握りながら微笑むアイクに、リュカは小さく頷いて応える。
この当たり前のやりとりが、どうかどうか、ずっと続きますように――
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ちょっとしたヨタ話。
なんとなくアイクをしんみりさせてみたかったので、こうなりました。
アイクは、普段前向きだけど何かのきっかけで「もし……」とか考えるとちょっとだけループから抜け出せなくなったりして。
そんで、そうなるとあからさまなぐらいに雰囲気が変わるからモロバレという。
アイクは決断力とか勢いがすごいだけで、悩まないって訳じゃないと思うんですよね。
ただ、迷っていても今は変わらない、といった考えはもってそうですが。
悩んで立ち止まってても何も変わらない、答えが欲しいなら動くしかない、というか……
それが彼の強さなのかもしれないですが。それでもたまには悩んでたらいいなって(笑)
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