【 似合うじゃない? 】
「何度嫌だと言ったら諦めるんだ!?」
「つけるって言ったら諦めてくれてやる」
「くれてやるってなんだ! く・れ・て・や・るって!」
「いいじゃないか、似合うんだし」
「そ・れ・を!! 言われるのが嫌だから拒否してるんだ!!」
場所はハルバート内部に作られている訓練施設。
設定フィールドは晴天の海のもと、とても気持ちのよい潮風が流れる海賊船。
その場には相手をにらみ、剣を構えて荒々しい声を荒げる青い髪の青年が一人。
そして彼の視線の先、対峙しているのは紺色の髪をした同い年ほどの青年。
どうやら二人きりでの訓練のようだが。
「いい加減にしてくれ、アイク! 訓練しようといったのはキミじゃないか!」
「あぁそうだ。だから訓練してるじゃないか」
「今手が止まってるよね? 明らかに訓練中断してるよね!?」
「それはお前のせいで…」
「なんで僕のせいなんだよっ! アイクが諦めれば済む話であって…」
「それはお前が諦めれば済むのと同じであって…」
「断固拒否!」
「……頑固な部分もあるとは分かっているが、ここまでかたくなに拒否するか」
「あぁ、全力でな!!」
肩で息継ぎをするほど声を張り上げる青い髪の青年に、紺の髪の青年――アイクはやれやれと言った風にため息をついてその手に持っている物を見つめた。
「お前は元々カチューシャしているじゃないか。それに飾りが付く程度だと思えば楽勝楽勝」
「なぁにが『楽勝楽勝』だ!! キャラに似合わない台詞言うな!!」
「まったく……何が不満なんだ、マルス」
ふーやれやれと再び盛大にため息を吐くアイクに、青い髪の青年――マルスは犬が歯を剥き出しにして噛み付かんばかりの勢いで答える。
「だから全部! 似合うって言われるのも不満! だから着けろって言われるのも不満!!」
「似合うんだからいいじゃないか」
「〜〜〜っ!! キミは僕の気持ちを考えた事があるのか!?」
「む?」
マルスの本気と書いてマジと読めぐらいの気迫に、アイクは少し口を閉ざし、先を待った。
「男なのに『うさぎずきんが似合うね』なんて笑顔で言われて、素直に喜べると思うか!!」
「笑顔で言うのは俺じゃなくてネスだ」
「問題はそこじゃない!!」
「じゃあなんだ?」
「ネスはその場で言うだけだから別に支障なんてないさ。そりゃもしかしたら本気で言ってるかもしれないけど……でも冗談交じりだって分かるし」
「ふむ……で?」
「問題はキミだ! キミは真顔で似合うから着けろなんて言うじゃないか!」
「本当の事だ」
「……っだぁからぁ……キッパリと言うんじゃ、ないッ!!!!」
アイクのあまりの即答っぷりに、いよいよ頭のどこかの血管がぶっち切れるような音を聞いたマルスは、そのままの勢いで駆け出しファルシオンを横に振り切る。
その素早さに一瞬判断が遅れたアイクだったが、戦闘慣れしている身体は自然と回避行動に移ってくれたようで。
ファルシオンの風を切る音を聞きながら、アイクはマルスの背後に着地し、距離を取った。
自分には無い、いつもながらの繊麗された動きに内心で感心しながらも、今のマルスに掴まるのは正直本当にマズイ。
ここまで怒るか、と呆れながらもアイクは手に持つ『うさぎずきん』だけは手放さなかった。
「ラグネル置いてまでそれを諦めないのか?」
甲板に突き刺されたまま主に放置されている大剣を横目に、マルスはゆらりと背後のアイクと向き合う。
はっきり言って目が恐い。
本気で怒っている目だ、とアイクは直感したがこっちも諦めたくない。
せっかく乱闘じゃなく、二人っきりの訓練で、しかもうさぎずきんが自分の傍に落ちてきたというのに。
これを着けてもらわない手は無いじゃないか。
「あぁ、これを着けたマルスが見たい」
相変わらず言い切るアイクに、マルスは頭から理性という部分が消えていくのをはっきりと感じた。
もういい、いっそコイツこのまま海に沈めて部屋を出てしまえ。
「へぇほぉふ〜〜ん、まだ言う? なら手にしたそのアイテムごと消えてもらおうか」
「……マルス、目がマジだな」
「当たり前だろが。何度嫌だっつったら分かるんだ」
もはや怒りで普段とはかけ離れた口調の彼を目の前に、さすがのアイクも少し背筋が凍りついた。
だが、当たり前だがそんなの関係ねぇとばかりにマルスはアイクの背後の海を指差し、言葉を続ける。
「とりあえずそこから飛び降りろ。そんで船の先端に突っ込んで消えてくれ。その間にアイテム設定変えてくるから」
「嫌だと言ったら?」
「貴様に拒否権があると思っているのか」
もはや『貴様』呼ばわりのマルスに、さすがにこれはお願いでは済まなくなったと確信するアイク。
それが確実だと告げるかのように、マルスはファルシオンの切っ先をこちらに突きつける。
「アイク、残念だ……キミとは上手くやっていけると思ったのにな」
「やっていけると思うぐらいには好いてくれていたんだな」
「………………」
「いや、すまん、調子こいた」
言葉では発音されなかったが、明らかに殺気が増したマルスの視線に慌てて謝罪を返す。
これは本気の本気で嫌がっている。
しかも散々おちょくったように思われているだろうから、多分火に油をドボドボと注いでいたに違いない。
そして今もまた注いだな、確実に。
「アイクが馬鹿じゃないのは知っている。だけれど、言って理解してもらえないなら身体に聞かせるしかない」
「ずいぶ……ごほん。ほう、どうやって身体に?」
『ずいぶん積極的なセリフだな』なんて言葉を吐きそうになって、慌てて飲み込み別の台詞を言うアイク。
あんなのを言った日には、間違いなくマルスの怒りの炎に油を大量追加してしまうことだろう。
ギリギリで言葉を変えたアイクに気付かず、マルスは余裕な様子で答えた。
「……ふっ、どうやら僕の右隣に浮いてるものが目に入っていないようだね」
「あ?」
そう言われ、アイクは視線だけをマルスから逸らす。
それは手に入れたものに、一時的ながら爆発的な力を与えてくれるスマッシュボールで。
そしてその丸い球体はファルシオンの丁度射程範囲内に浮いていたわけで。
アイクが『マズイ』と内心で悟った瞬間、ファルシオンの空を切る音とボールが割れる音が同時に響き、マルスの身体が淡い輝きに包まれる。
「とりあえず、一度キミには消えてもらおうか」
ニヤリと、そうまるでどこぞの悪の王にも負けないような真っ黒な笑みを見せ、マルスは剣を図上に掲げ、告げた。
「さよなら、アイク」
――マルス、その笑顔は真っ黒過ぎる。
心で呟いた言葉は口から音にはならず。
身体を襲う激痛と共に、アイクの意識は綺麗サッパリとブラックアウトしていくのだった。
+ + + + +
「まったく……人が嫌がることはするなって教わってないのかなぁ」
たまらずため息を吐き、マルスは訓練施設のアイテム設定を変えていく。
アイテムがある戦い対策もしたいが、アイクとやっていてはまたうさぎずきんで揉めるのは確実だろう。
アイテム有りは別の人でも頼めばいいだろうと割り切り、パネルのアイテムスイッチを全てぶっち切り、マルスはふぅと一息ついた。
ふとステージの映像に見上げると、戻って来ていたアイクが手持ちぶさたげに海を眺めているではないか。
「次は普通に手合わせしてくれよ?」
さっきは怒りすぎたかもと少しだけ思い返し、マルスは苦笑してその部屋を後にした。
後ろの物陰に、小さな気配があるのにも気付かずに……。
+ + + + +
「アイク、お待たせ」
少し宙に浮いた位置へ現れたマルスは、軽い足音を立てて甲板へと着地する。
「アイク?」
先ほどまで彼がいたはずの場所にその姿があらず、マルスは辺りをキョロキョロと見渡す。
――ぴょい。
妙に特徴的な音が聞こえたのは、背後に気配を感じるのと同時だった。
これはあれだ、例のものを着けたときに聞こえる音じゃなかったかな。
「やはり似合うな」
何が、とか。
誰に、とか。
ふぅっと意識が遠のきそうになったマルスには、そんなもん聞く気すら消え失せていた。
「そんな……どうして……」
振り返り見た海賊船の甲板に、これ見よがしにあのアイテムが転がっていたのだ。
そう、うさぎずきんが。
しかも大量に。
「設定を変えてくるとか言うから、アイテム無しにしてくるかと思ったんだがな」
「………………」
「しばらくしたら落ちて来たぞ、これだけが」
「………………」
「着けたかったなら素直に言え」
「………………」
「マルス?」
「……な、なんでコレがこんなに……」
「設定してきたのはお前だろ?」
あっさりと言ってくれるアイクに、マルスはプルプルと肩を震わせながら声を張り上げ叫んだ。
「あんなに嫌がってたこの僕が! こんな設定にしてくると思うのか!?」
「アレだ、素直になれない気持ちを行動で示し…」
「ンなわけあるかこの馬鹿タレがぁぁああああ!!」
「ぐはぁっ!」
――ダバンッ!
本日二回目となる、脳内で何かがキレる音を聞いたマルスの、怒りをありったけ込めた全力シールドブレイカーを受けたアイクは勢い良く吹き飛ばされ、激しい水しぶきを上げて海に叩き落とされた。
「っは! マルス、落ち着け…」
「じゃあ煽るようなこと言うんじゃ……ないッ!」
海から顔を出したアイクめがけ、マルスは上から遠慮なくメテオ効果有りの攻撃を放つ。
うめき声を上げる暇すらなく海の更に下に追い出され、アイクは再び意識をブラックアウトさせていった。
+ + + + +
「うわー、マルス兄ちゃん本気だねー」
訓練施設の映像を眺めながらケラケラ笑うのは、いつもの赤い帽子を被った少年――ネス。
「でもアイク兄ちゃんにはちょっと酷いことしちゃったかな」
「マルスさんに、じゃないんだね……」
その横で呆れたように言ったのは、ネスと同い年ほどの金髪の少年。
「だってリュカ、うさぎずきん着けたマルス兄ちゃんの写真は高値なんだよ?」
「高値って……何をしてるのさ、一体」
金髪の少年――リュカは盛大なため息を吐き、「うさぎずきん」限定の上、出現が「多い」に設定されているアイテムパネルを見つめた。
先ほどマルスがアイテムを全て切って去った後、たまたまそこに潜り込んでいたネスが即刻に切り替え直したのだ。
多分というか、確実に面白がっての行動だろう。
「まぁそれは冗談だとして、ウサミミのマルス兄ちゃんが見れてアイク兄ちゃんも満足でしょ」
「何を良いことしました、な言い方してるんだか」
「リュカってば真面目だなぁ」
「真面目、不真面目の問題じゃないと思うけど?」
言って、リュカは部屋から出ようとドアを指す。
「ほら、外に買い物行くんでしょ? 早くしようよ」
「はーい、わかりましたー」
促されるまま、ネスはパネルのテーブルから降り立ってドアに向かう。
それを見送りながら、リュカは腕に巻き付いていたヒモヘビに小声で話かける。
「ぼくらが出ていって少ししたら、アイテムを全部切ってくれる?」
「おう、まかせとけ」
同じように小声で答えて、ヒモヘビはシュルリとテーブルの上に降りていく。
去り際、ステージの映像に目をやり、リュカは呟いた。
「マルスさん、すみませんでした。ぼくにネスは止められません……後はヒモヘビにお願いしたから、それまで我慢してください!」
くぅっと何かを降りきるかのように映像から目を逸らし、リュカはネスの後を追いかけて部屋を飛び出した。
後には、うさぎずきんのせいで再び手合わせ所ではなくなったマルスとアイクの姿がステージに残っていた。
マルスの怒りにまかせたアイクへの一方的な攻撃になってるように見えるのは、多分きっと気のせいだろう。
* * * *