【 pp amoroso 】

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『すまん、急用で国に戻る。三日ばかり空ける』

唐突にアイクがそんな事を告げてきたのは、二日前の夜。
そして昨日の朝に彼は自分の世界へと帰っていき。
もちろん『三日ばかり空ける』という言葉通り、昨日の夜も帰ってくるわけも無く。

「しょうがないよね……アイクさんって実はけっこう忙しい立場みたいだし……」

アイクがクリミアに戻って二日目の夜、主無き部屋でリュカはテーブルに肘を付きながら一人ぽつりと呟いた。
指先でテーブルの上に置いた小さな箱をいじりながら、何度目とも分からないため息を吐き出す。
それでも、アイクの身の上を考えればどうしようもないというのは分かりきっているのだけれど。
彼は片や一傭兵団の団長で、片や国を救った英雄で。
本人にそんなつもりはなかろうとも、状況が必然的に彼を必要としてしまう場合があるのだ。
それはアイクの意思やその周辺の状況などもお構いなしに降り注いでくるわけで。

『気乗りしないが、まぁ仕方がない』

苦笑し、ため息を付きながら帰っていったアイクの様子を思えば、今の現状を彼自身も素直には喜べないのかもしれない。
地位や名声などに囚われないアイクの性格を思えば当然なのだろうけれど。
それでもリュカは、アイクに、元の世界に迷惑をかけてはならないからと、笑顔で彼を送り出した。

――いってらっしゃい、気をつけて。

「……本当は今日、渡したかったんだけどなぁ」

そういって、先ほどから指先で小突いて弄ぶ箱を見つめるリュカ。
今日は「バレンタイン」という、自分の想い人にチョコやお菓子を渡して告白をするというイベントの日らしい。
数日前から、姫たちが大乱闘に呼ばれている皆にお菓子を用意しようと張り切っていたのを見て、自分もアイクに何かあげよう

かと準備をしてみたのだ。
想い自体はもう伝えて、そして受け止めてもらっているけれども。
何か記念のような日があるのが嬉しくて、それを一緒に過ごせたらと思って。

「そう簡単にはいかないか……」

わがままは言わないようにしている。
自分は本来、アイクの世界にはいないはずで。
そして、本当であれば出会うことがなかったのだ。
この大乱闘を開いた神の選定を受けなければ。
だから元来の有るべき状況を崩してはならない。
わがままは、言ってはならない。

「帰らないでなんて、ダメだよね」

そんな言葉は、アイクと元の世界の人たちを困らせるだけなのだ。
良いことなど、何一つないに決まっている。

それでも――

色々と考えていると、指先でつついていた箱についていたカードに目が付いた。
シンプルな包装を崩さないようにカードをはずし、中を開いてみるとメッセージが書けるようになっているようで。
ふと、部屋の隅にペンが置いてあったはず、と立ち上がって周りを見渡すと、記憶通りの場所に二、三本立てかけられていた。
それを手にし、イスに座りなおしてからカードに思ったことを書いてみる。

――それは謝罪のようで、でも少しだけわがままも入っていて。

と、最後まで書いたところでなんとなく申し訳なくなって、そのカードを手のひらの中に押し込んだ。

「ぼく、何やってるんだろう」

そもそもこのカードは普通のカードで、マスターハンドが特別に力をくれていたりするものではない。
この大乱闘の世界、言葉は問題なく通じても文字だけは自身の世界の物しか読むことが出来ないのだ。
マスターハンドが特別にそういった弊害を取り除いた場所――例えば、たくさんの書物がある図書館など――でなければ、お互

いの書いた文字も読むことは叶わない。
つまり、このカードに書いた文字をアイクは読むことは出来ないのだ。

「伝わらないのに、ね」

本心から伝えたいのかもわからない。
あまりにもさびしくて書いてしまっただけかもしれないから。

「……アイクさん、疲れてなければいいなぁ」

いつも国に帰るときは偉い人と会う事が多いと聞いている。
今回の様子からしても、また同じような状況なのだろう。
アイクは礼節やしきたりなどを非常に苦手としているから。

『貴族やなんやらは話が長い。付き合ってられん』

と、困り顔で呟いていたのには思わず笑ってしまったりしたものだ。

「……お疲れさまです」

届くかな、と小さく呟き、カードの無くなった箱を見つめ、もう一度だけ指先でいじって。
両腕をテーブルの上に乗せ、そこに顔を埋めて考える。

アイクさん、疲れてないかな。
チョコ、一緒に食べれたら良かったな。
あ、甘いの苦手……じゃないよね。
明日、何時ごろこっちに戻ってくるのかな。
二日しか間が開いてないのに、寂しいな。
……早く会いたいな。

いつのまにか、普段ならリュカはネスと共にベッドにもぐりこんでいる時間になっていて。

少し……眠いなぁ……

知らぬ間に襲ってきた眠気に促されるまま、ゆっくりとまぶたを閉じればあっという間に意識が落ちていく。


――アイクさん……



+ + + + +



目が覚めたのは本当に唐突だった。
テーブルに突っ伏して寝るという、とても睡眠に向いているとは思えない体勢も目が覚めやすかった理由なのかもしれないが。

「ん……」

ふと人の気配を感じ、ゆっくりと目を開けたリュカの視界に見慣れた自分の腕と、パジャマと、そして青いマントが映りこんだ。
自分がこうして眠りかけたとき、果たしてこんなものを被っていただろうか。
少し寝ぼけたまま顔を上げて目をこする。
と、手に握り締めたままだったはずのカードが無いことにも気が付いた。

「あ、れ……」

寝ていたときに落としたのだろうか、とテーブルに目をやると、今度は目の前においておいたはずの箱がなかった。

「すまん、起こしたか」

どこにやったのだろうかと考えていると、ふいに上から声が掛けられた。
慌ててその方を見ると、チョコを摘んだまま少しよれたカードを見つめているアイクがそこにいた。
普段着のままで、マントははずされている。
それもそうだ、自分の身体に掛けられているのがまさしく彼の物なのだから。
その傍には、空けられた箱があった。

「これ、勝手に食べたが大丈夫だったか?」
「は、はい! あの、アイクさんにあげるつもりだったから……」
「アレだよな、確か……バレンタイン?」

姫たちが騒いでいたのはアイクも承知だった。
それを思い出しながら呟くアイクに、リュカはこくりとうなずいて返す。

「そうか、間に合ったみたいだな」

そう言って、アイクは少し笑ってリュカの前に小さな箱を差し出してきた。
とても小さくて黒い包装がされていて、リュカが用意した以上にシンプルな箱。

「用が済んだからさっさと戻ってきた。本当は一日ぐらいゆっくりしろと言われたんだが……これを渡したくてな」
「……アイクさんが、ぼくに?」
「あぁ。別にこっちからやっても良いらしいから。クリミアの物だから、口に合うか分からんが……」

本当にちょびっとだったけれど、珍しくアイクが照れくさそうに言うのを感じて、リュカは小さく笑った。

「ありがとうございます」
「こっちこそ。これ、美味かった」

そういって差し出された箱は、すでにからっぽだった。

「食べるの、早くありませんか?」
「すまん。正直、少し腹も減っていた」
「まったくもう……」

苦笑しながら、アイクが用意してくれた箱に手を伸ばして包装を解いていく。
少しどきどきしながら蓋を開けると、中には大きめのチョコが二つ。

「城下街で見つけたんだ。それなりに美味いはずだが……」

なんだか緊張しているように聞こえるアイクの言葉に笑みを返し、その一つを口に入れてみる。
黒い包装に違わず、普段自分が好んで食べるような甘いチョコとは違う、少し濃い目の味。

「……美味しいです」
「本当か? 気遣ってないか?」
「本当ですってば」
「そうか、良かった。ところで……」

そう安心したらしいアイクは、手にしていたよれたカードをリュカの前にちらつかせた。

「これ、何て書いたんだ?」
「え?」
「お前の世界の文字だから読めなくてな。教えて欲しいんだが……」
「べ、別に大したことは書いてません……!」

先ほど、その紙に何を書いたのかを思い出し、リュカは気恥ずかしさと申し訳なさで顔を赤くして拒否を告げる。
だがもちろん、そんなことで納得するアイクではなく。

「…………言わないなら、明日マスターハンドに解読を……」
「そ、そこまでしなくても……!」
「気になるだろう。この箱についてたカードに書いたんだろう?」
「そうですけど……」
「俺宛じゃないのか? 違うなら別にいいんだが……」

あぁ、そんな風に普段は見せない寂しそうな空気を出されたら、答えないわけにはいかない気持ちになってしまうじゃないか。

「……別に良いこと書いてありませんよ?」
「あ、嫌いだ、と書いてあるなら聞きたくは無いかもしれん」
「そんなこと書きませんってば! もう、あのですね……」

妙に期待を込めた眼差しから視線を逸らしながら、リュカはぽつりと言葉を零す。

「……今日、一緒にチョコが食べれなくて残念ですって」

謝っているような、でもわがままのような。

「三日もいなくなるって聞いて、ちょっと、寂しかったから……」

せっかく楽しみにしていたのに。
だけれど。

「でも、アイクさんは帰ってきてくれたから」

まさか急いで戻ってきてくれるなんて思わなかったから。

「その紙、いらなくなっちゃいました」

そう、嬉しそうに笑うリュカにアイクはしばらく視線がはずせなくて。

「……急いで帰ってきた甲斐があるな」
「え?」

自分を待っていてくれたら嬉しい、なんて期待をして、急いで帰ってきたのだ。
三日かかるといったのに、待っていてくれるわけがないのに。
それでも、もし、リュカが待っていてくれたら。
そして自分からの贈り物も渡せたらいいのに。

「なんでもない、独り言だ」

小さな呟きは、リュカには聞こえなかったらしく。
首を傾げる姿に笑みを零しながら、アイクはリュカの頭をゆっくりと撫でた。

「なぁ、明日は何か予定あるか?」
「いいえ、特には……」
「そうか。じゃあお前の明日一日、俺にくれ」
「え?」
「特に予定を考えているわけじゃないが……一緒にいてもいいか?」
「もちろんです……!」

理由が無くとも一緒にいたいと思ってくれるのを、嬉しくないなんて思うわけが無く。

「疲れましたよね。明日のお昼ぐらいまでゴロゴロしちゃいますか?」
「あぁ、それも悪くないな」

訓練は、しばらくぶりだったからと傭兵団の家族とけっこうな時間を割いていた。
少しくらいはのんびりしたって、バチはあたらないだろう。

「お前は起こさなければ昼まで寝ていそうだけどな」
「酷いです、そんなことないですって!」
「でも、あながち外れじゃないだろう?」
「う、うぅ……」

そういわれてしまえば返す言葉が見つからなくて。

「いいんです、明日だけは。アイクさんも一緒だから!」
「俺が一緒ならいいのか」
「いいんです! ぼくだけじゃないですから」
「同罪、か?」
「そうです、一蓮托生です!」

クスクスと笑うと、リュカが悔しそうに顔を膨らませる。
その様子が可愛くて、そしてたまらなくいとおしくて。

「今日は待っててくれてありがとうな」

ふと思ったことを、思ったままに告げてみると、

「……ぼくこそ……帰ってきてくれて嬉しかったです」

ふわりと笑顔が返ってくる。
二日間も貴族にもまれた苦労が報われる、とアイクは今の居心地の良さに安らぎを覚え。
リュカもまた、こうして思ったことが現実になったことが嬉しくて。

それは、二人が日付が変わるまでのわずかな合間に味わった小さな幸せ。








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「 pp 」は音楽のピアニッシモ。ご存知「小さい」とかそういう意味。
「 amoroso 」は音楽用語で『愛情に満ちて』とか『色っぽい』とかそんな感じで。
タイトルは大体いつもフィーリングです(笑) こんなんかなーという単語並べたり…
さり気ない愛とか、そんな気持ちのタイトルです。




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