【 理非曲直 】

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「それじゃあリュカくん、ネスは借りて行くね!」

ニコニコと、それはもうさわやかな満面の笑みでこちらを振り返っているのはマルス。
そして、

「は・な・し・て〜!!」

その小脇に抱えられながら、ジタバタと両手足をバタつかせて抵抗しているのはネスだ。
逃れようとしているのだろうが、どう足掻いても体格差のおかげでそれは叶わないようだ。
笑顔のマルスと暴れているネス、あまりに対照的な二人に、リュカは苦笑いを見せるだけで何も出来ずにいた。

「ぼくは午後、リュカと遊ぶんだから〜!」
「だからウソはいけないって。お昼食べる前にリュカくんに予定聞いたもの、何も約束してないってね」
「ぅえ!? ホント!?」

ギョッとしたようにこちらを見るネスに、リュカは苦笑いのままこくりと頷いた。

「ごめんね。別にマルスさんを手伝うとかじゃないんだけど、普通に聞かれたもんだから……」
「んも、正直者ぉ」

もはや逃げる手立ては無いと諦めたのか、ネスはバタつかせていた手足をだらりとさせ、マルスの腕の中でうなだれた。
この二人のこんな騒動の発端は、別段変わったものというわけではない。
単純にマルスがネスと出かけたいからと、外に誘っていただけの話だ。
それをネスが、あまりにも、全力で、力いっぱい拒否したものだから。
あげく「リュカと約束がある」なんてウソもついてしまったものだから。
マルスが半分強制連行をしようとしていたという現状だ。
普段からネスはマルスにツンケンする傾向があるが、今回は顕著だ。
嫌いでないのだから何を拒否する事があるのか、とリュカは毎度少し考えてしまうのだが。

「ネス、そんなに僕と出かけるのは嫌かい?」

ふと寂しそうな声で呟くマルスに、ネスはハッとした表情で顔を上げた。
端正な顔立ちを曇らせているマルスを見上げ、ネスは気まずそうに目を泳がせて帽子のつばを弄る。

「……兄ちゃん、放して」

そう呟かれ、マルスは言われるがままそっとネスを床へと下ろす。
両足を地に着けると、ネスはマルスの後ろに回りこみ、その背を扉の方へとぐいぐいと押し始めた。

「ちょ、ネス?」

まさか追い出すつもりなのかと焦ったリュカは、それを止めようと思わず手を伸ばしかけ――

「ぼくより年上なんだからショゲないでよね!」

そして、次にネスが言った言葉にその手を止めた。

「もう、マルス兄ちゃんはどこに行きたいの?」

しょうがないなぁという態度だったけれど。
ネスのそんな台詞に、リュカは思わず吹き出しそうになりながらも笑顔を浮かべた。
あんな嫌がっていても、本心から一緒にいるのを拒んでいるわけではないのをリュカは知っている。
マルスが忙しかったりして構われない時があると、寂しそうにしていることがあるのだから。
ネスは、マルスが少々強引な手を使おうとすると、それに反発して素直でなくなるだけなのだ。

「気をつけてね」

照れからだろう、振り返らずに手だけをひらひらと振るだけのネスと、「行って来るね」と笑みを見せるマルスを見送り、リュカはゆっくりと扉を閉めた。

「ネスってば、素直に行けばいいのにね」

ベッドで丸くなっているヒモヘビに語りかけ、リュカはクスリと笑う。

「オレは王子も強引だと思うぞ?」
「まぁそれもそうだけど」

なんだかんだで最終的には仲良く出て行った二人を見て、リュカもふとあの人に会いたいな、と思った。

「ヒモヘビ、ぼくも出かけてくるよ」
「オレは寝てていいのか?」
「うん、外に行くわけじゃないから」
「そうか、気をつけてな」

そう言って再び丸くなったヒモヘビの頭を撫でて、リュカは部屋をそっと後にした。




+ + + + +




廊下に差し込む眩しい日差しに目を細めながら、リュカはアイクの部屋を目指して歩いていく。
今日の乱闘は全て終わっているので、それぞれのメンバーは自由な時間を過ごしているはずだ。

「アイクさん、いるかな」

彼はあまり外にぶらりとでかけるような人ではなく、部屋に居らずとも大抵はハルバードから出ることは無い。
目的のドアの前で足を止め、いつも通りにノックをする。
アイクからは「好きに入れ」と散々言われているが、リュカはどうしてもそれに抵抗があり、素直に頷く事が出来ないでいる。
礼儀というほどの堅苦しい考えではないが、居るか居ないかの確認も含めて自分がやっておきたいのだ。
最近はアイクも理解してくれたのか、この行動にどうこう言う事はなくなっている。
そして、ノックをすると「開いてる」といつもの決まり文句が返って来る……のだが。

「……あれ?」

――コンコン。

部屋の主が留守なのだろうか、もう一度ノックをするも、中からは一切返答が無かった。
いつもと違う雰囲気に首をかしげながら、リュカは「失礼します……」とドアの前で少し頭を下げ、ノブを回した。
僅かにあけたドアの隙間から部屋を覗き込むが、見当たる範囲に人の影は無い。
いないのだろうかと部屋の中へと入り、リュカは辺りを見回しながら奥へと進む。
と、一番奥に置かれているベッドの上に、こちらに背を向けて寝転がっているアイクの姿が見えた。
見つけたという喜びと、眠っていたんだろうかという疑問にかられながら、リュカは足音を忍ばせてベッドの傍に近寄っていく。
ゆっくりと顔が向いている方へと歩き、腕を枕にして眠っているアイクの顔を覗き込む。
閉じられたまぶた、呼吸のためかわずかに隙間の開いた唇、規則正しく上下している肩。

「寝てる……」

ノックをしても返事が無かったのはこのせいか、と理解して、リュカはいつも見上げることでしか見たこの無い顔をしげしげと見つめてしまった。
意外にまつげが長いとか、すっとした鼻筋だとか。

「……やっぱりかっこいいなぁ」

(そんな人に、好きだってぼくは言ってもらえてるんだよね)

アイクの顔を見つめながら思わず言ってしまった言葉と考えてしまった言葉に、リュカは自分に「何を言っているのか」と焦り、顔を赤くしてぶんぶんと首を横に振った。
でも、実際に自分とアイクはそういう関係であるのは間違いの無い事実だ。
割と一人を好むアイクが、何をするでもなく傍にいることを許してくれるのも、また、名を呼び、抱きしめてくれるのも自分だから。
不謹慎だとは思いつつも、リュカはいつもそれを嬉しいと感じるのを止められないでいる。

(それにしても、アイクさんってよく寝るなぁ……)

ふと普段の彼を思い出し、リュカはふっと笑ってしまった。
このベッドから始まり、皆が集まるフロアのソファ、はたまたハルバードの甲板でさえもを彼は寝床にしている。
甲板で眠っているのを見たときは身体が痛くならないのだろうかと思ったが、あとで聞けばマントさえあれば大抵寝れるとのたくましい答えが返ってきた。
基本的に日当たりが良ければ寝床候補に入ってしまうらしい。
今、この場でも窓から差し込む陽光がベッドを照らしていて、同じように光を浴びているリュカも身体がぽかぽかしてきているのは事実だ。
眠くなるのも分からなくない、と思ったリュカはふと考えた。

(一緒に寝ても、平気、かな)

そんな自分の考えに妙にドキドキしながら、リュカはそっとアイクの寝るベッドに登る。
横になっているアイクの顔を見つめ、そういえばとこんなことを思い出した。

それは幼い頃の自分の記憶。
まだ母が居て、兄が居た、幼い頃の記憶。
夜、眠りにつく前に毎回していたこと。
二人揃って父に抱きつき「おやすみなさい」と言い、同じように母に抱きついて「おやすみなさい」と言い。
そしてその度、母は自分達の頬にキスをしてくれていた。
にっこりと微笑む母と、頬に触れる暖かさに包まれながら、いつも二人でベッドに潜り込んで――

(……アイクさんのほっぺ、キスしてもいいのかな)

思い出の流れのままぼーっとそんなことを考えた自分に、リュカはハッとなって顔を一気に真っ赤にし、その場で固まってしまった。

(ぼ、ぼく何を考えた!?)

一人でわたわたとパニックになり、両手を振りながらリュカは自分の頭を整理しようとした。

(別に変な意味じゃなくて、ただいつもお母さんにしてもらってたから、したら眠れるかなぁと思っただけで……)

どう聞いてもいいわけ程度の答えしか出てこず、リュカはこんなことを考えてしまった事を恥ずかしいと思いつつ、それでもアイクの頬から目が離せなくなっていた。
正直に言うと、キスはまだしてもらったことが無かった。
抱きしめられることや、手を繋ぐ事はあったけれども、頬にも――唇にもそんな経験はまだ無い。
頭の中の熱が取れないまま、リュカはアイクの顔を見つめた。

(嫌われたり、するかな……)

ドキドキとうるさく鳴り響く心臓を止められないまま、リュカはそっと眠るアイクに顔を近づけていった。
風邪を引いたかと思うほど熱くなっている思考のまま、幼い手でおそるおそる頬に触れる。
一瞬アイクが少し動いたが、どうやらまだ眠りは深いようで起きる気配は無い。

(どうしよう、どうしよう)

悩んでいるような言葉を繰り返しながらも、リュカの意思はすでに固まってしまっていた。

「アイクさん……」

小さく小さく、口の中で呟くような声で名を呼び、リュカはゆっくりとアイクの頬に唇を落とす。
瞬間、ふと身体の奥に痺れるような甘い感覚が流れた。
唇を離すまでの間、それは本当に一瞬だっただろう。
けれど、ボーっとした思考にはそれが一分にも二分にも感じられた。
頬からわずかに唇を離し、アイクの顔を覗き込むリュカの頬は、本人が気付かないような淡い色に染まっている。

「アイクさん」

身を屈め、再び顔を近づけたリュカは、今度は無意識にアイクの唇に視線を向けていた。
それは本当に無意識での行動で――

「……好きです」

熱に犯されて、リュカは冷静でなかったのかもしれない。
そう囁くような言葉と共に、自分の唇とアイクの唇を重ねようとした――


「……う、ん……」


――その瞬間、アイクが僅かに声を出して身じろいだ。

それと同時にリュカもまたハッとしっかりと意識を取り戻し、間近に迫っていたアイクの顔から慌てて距離をとった。

(ぼ、ぼぼぼ、ぼくっ……何をしようとして!?)

さっきまでの自分の行動を振り返り、リュカは目をぐるぐるとさせながら頭を抱えこんだ。

(アイクさんに、キス、しよう、と……してた……?)

あわあわと一気にパニックに陥ったリュカは、どうしたらいいかと慌てた思考のままにこの場から逃げる言い訳を考えた。
別にそんなことなどわざわざしなくても良いのに、混乱してしまったリュカには行動するための理由が必要だったのだ。

「そ、うだ……ぼく、あの……飲み物取ってきますっ!」

アイクが眠っていると言う事もどこかに吹っ飛んでしまったリュカは、答えを言わないはずの彼にそう声をかけ、駆け足でその部屋から飛び出してしまった。
そうして扉を閉め、そこままへたり込みそうになる足を叱咤して一気に食堂へと駆け出して行った。




+ + + + +




バタバタと部屋から騒がしい足音が遠ざかるのを確認し、彼はパチリと目をあけた。

「……勘弁してくれ」

そう言って仰向けになり、片手で頬を、もう片手で目元を覆いながらアイクは大きなため息をつく。
実はリュカが部屋に入った時点でうっすらと意識は戻っていたのだが、まだその時は夢虚ろだった。
だが、ベッドが軋む音がしてリュカが登ってきたと分かった途端、意識がはっきりとしてしまった。
あげく、リュカは今まで聞いた事の無いような甘い声で名を呼んだ。

(アイクさん……)

そして次に感じたのは、頬に触れるやわらかい感触。

「反則だ」

それだけで心臓が破裂しそうになったというのに、リュカはその後すぐに離れなかった。
再び名を呼ばれ、今度は違う場所に唇が触れられると分かり、思わず寝言のような声を出してリュカの目を覚まさせた。
案の定、熱から解放されたリュカは一目散に部屋から飛び出していったわけだ。

「……まずいな」

アイクは今までリュカにキスはしたことがなかった。
唇はもとより、頬にもだ。
それは別に嫌いだからというわけではなく、まだリュカに与える愛情表現としては進みすぎてるような気がしたのだ。
けれど、そんなこちらの思惑など――当たり前だが――知りもしないリュカは、その一線をあっさりと乗り越えてきてしまった。

「……まずいな」

数秒前とまったく同じ台詞を吐き、アイクは両腕で視界を隠した。
あのままキスをされていたら、一体リュカに何をしていたか自分でも分からない。

「リュカ」

きっと唇が離れた瞬間にその幼い腕を掴み、こちらに引き込んで貪るようなキスをもう一度してしまっただろう。

「リュカ……」

そのままベッドへと引きずり込み、腕を押さえつけ、覆い被さり――


(アイクさん……)


あの甘い声で、もう一度名を呼んでくれたに違いない。


(アイクさん……)


そしてこの腕の中で、この身体の下で、もっと甘い声を聞かせてくれたに違いな――





「…………俺は今、何を考えた?」









* * * *





ちょっとしたヨタ話。
がーがー語りたいんですが、あまり語るのもアレなので反転で(笑)
アイクは知らないうちに色々と我慢してるという雰囲気です。
本当はリュカをめっちゃくちゃにしたいとか考えているけど、無意識に押さえてる。でも、リュカがあんなことしたからちょっとヤバイ。

リュカはリュカで、無自覚にあーいう行動を起こした。でも、そういう意味での望みがないわけじゃない。
アイクに比べたら少ないだろうが、そういう知識だってある。

まぁ、色々ダメなだぶんですが、妄想でカバーお願いします(笑)





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