【 その手の温度と 】

だぶんへTOPへ



それは午後の陽気が気持ちよい日で。
窓から差し込む光が暖かく、マルスはウトウトとベッドの上で眠りそうになってしまっていた。

それは、何てこと無い、ゆったりとした日の午後。

不意にドアの開く音がして、アイクが部屋へと帰ってきた。
起きようかなと身体を動かそうとしたマルスだったが、なんとなく億劫になってしまい、そのまま瞳を閉じる。

「マルス?」

その様子に気がついたのだろうか、アイクがマルスの横になっているベッドへと近づいて来た。
ゆっくりとした足音がすぐ傍まで響き、そして止まる。

「寝ているのか?」

マルスは、まだ睡魔と目覚めの合間をウロウロしてはいたのだが、あえて答えないでみることにした。
このまま自分が寝ていると理解した彼は、一体どんな行動を取るのだろうか。
それはなんとなく浮んできた、ほんの些細な興味だった。

「…………マルス?」

名を呼んでも反応がないのを『寝ている』と受け取ったアイクは、マルスの足元に丸められていた薄手のタオルケットを腰あたりまでそっとかけてやる。

「風邪引くぞ」

まるで子どもに言い聞かせるような台詞だったが、思いも寄らぬ優しさにマルスは顔が綻びそうになるのをなんとか堪えた。
そう言えば、彼は下が妹だとは言え、兄妹の上にあたる人間だ。
こういう判断が自然に出来ても可笑しくはないかもしれない。
一体次はどういう行動をするのだろうか。
妙な期待をし始めたマルスだったが、それはしばらくの間杞憂となってしまう。

アイクが先ほどの位置から動かなくなったのだ。

いや、動かなくなったと言うのは目を閉じているので確かかどうかは言えないが。
少なくとも、耳に入ってくる音の中に彼が移動したと思えるような物はなかったはずだ。

(僕の顔でも見てるのかな)

恥ずかしくなるような事を考えてしまい、マルスは心の中で「早く動いてくれ」とアイクに願ってみた。
するとどうだろう。
マルスの声が届いたかのように、アイクが一歩、動いた音がした。

(って、一歩動いて何がしたいんだ?)

なんだかこのまま目を瞑っていたら本当に寝てしまいそうだと思い、マルスは起きる演技でもしようかと考え始めた。
その時、マルスの頬にアイクの手が触れた。
ビクリと跳ねそうになった身体を押さえ、それを甘んじて受けてみることにする。
ゆっくりと、腫れ物にでも触るかのような優しい手つきで、アイクはマルスの頬を撫でていく。
くすぐったいなぁと思うと、今度はその手が髪を撫で始めた。
顔にかかっていたであろう前髪を指先で掃い、髪をゆっくりと梳いていく指。
無骨な彼の指とは無縁そうな、けれど自分しか知らないであろう優しい手つき。
頭を撫でてくれる手に心地よさを感じ始めると、その手がふっと止まり、離れてしまった。
残念だなぁと思っていると、今度はベッドが軋む音と腰の近くが沈むような感覚が来た。
一瞬なんだろうと考えたが、おそらくはアイクがベッドに腰掛けたのだろう。

(アイクも寝るのかな)

なんて事を考えたとき、手が自分よりも暖かい温度に包まれた。
アイクの手だというのはもう分かりきってはいたのだが、これまた意外だったその行動に、マルスは自分の心拍数が上がるのをしっかりと感じてしまった。
頬を撫でるのよりも、髪を梳かれるのよりも、手から直に伝わってくる温度に緊張してしまうのは何故だろう。
ベッドと挟むような形で、アイクはマルスの手を包み込んでいる。
普段、一緒に歩いていたとしても手を繋ぐと言う事自体なかなかしないのに、どうしてこういう時にそういう行動が出来るのか。
それでも、アイク自らが手に触れてくれていると言う現実は確かなものだ。
しばらくの間、何をするでもなくマルスの手を握っていたアイクだったが、不意にもぞもぞと動くと手の握りを変えてきた。
それが一体どんな繋ぎ方なのか分かってしまったマルスは、顔から火が吹き出そうなほどに緊張してしまった。
手の平を重ねあわせ、一本一本絡めあうように、アイクはマルスの指の間に自らの指を滑り込ませ、握り締めたのだ。
ばくばくと、外に聞こえるのではと思えるほど激しくなる胸の音に、マルスは何でもないようにするのがやっとだった。

(もう起きよう! ダメだ、心臓が止まる……)

再び起きる演技でも、と考え、動かそうとした手が不意に浮いた。
なんだなんだと不思議がっていると、手の甲の辺りにやわらかい何かが触れるのを感じた。

同時に、少しだけ濡れたような音もかすかに耳に飛び込んできた。

妙に聞きなれた音に、マルスはより鼓動の速度を上がるのが分かった。
ゆっくりと目を開き、手の方に視線を送ると案の定、アイクがいて、自分の手を握り締めていて。

そして、手の甲に口付けを落していて。

今は戦っているわけでもないので、手にいつもの黒い手袋ははめていない。
リアルに感じるアイクの唇は、マルスの気を動転させるのに一役も二役も買ってしまい。
視界に飛び込んできた状況が良く理解できず、マルスは何度も口付けをするアイクの表情を眺めてしまっていた。

本人はまったく気にしていないようだが、けっこう整った顔立ちをしているよなぁ、だとか。
自分よりも筋肉のついた身体をしていて、たくましいよなぁ、だとか。

ぼぅっとした頭でそんなことを考えていたら、ふとアイクの視線が動き、こちらの視線とかち合う。

「マルス、起きてたのか?」
「……いや、今起きたよ」
「本当にか?」
「ほ、本当ですっ!」

ガバっと飛び起き、ついでにアイクの手を振り解いて自分の手を救出してみたりして。
口付けされた手をもう片方の手で庇いながら、マルスは赤くなっているであろう顔を見られないよう、少しそっぽを向きながら言う。

「な、何で手を握って?」
「別に。お前が寝ていたから」
「寝てたら、こういうことしてるのか? 普段……」
「いや、別になんとなく握ってただけだが」

本当に「なんとなく」と言った風なアイクに、マルスは少しばかりホッとした。
毎度、自分が寝るたびにこんなことをアイクがしていたのかと考えると、はっきりいって頭が爆発しそうなぐらいに恥ずかしい。

「嫌だったか。すまん」
「いや、嫌と言うわけじゃないけど……」
「そうか? あ、起こしたのならすまなかった」
「それも、別に平気だけど……」

(そうじゃない、そうじゃないって)

マルスはそう心の中でぼやきまくりながら、アイクが触れた手を握り締めた。

「……アイクのバカ」

アイクに聞こえないよう、小声で呟くマルス。

しばらくは寝るたびに思い出してしまいそうだ。
手の甲に触れていた暖かい感触を。

未だに落ち着く様子の無い自分の鼓動に、マルスはやれやれとため息を吐くしかなかった。






* * *





ちょっとしたヨタ話。

アイクに「マルスの手の甲にちゅー」をして欲しかったから書いた話です。
それが書きたかったのです、はい。
あと若干照れるマルス。
マルスはアイクの想像を越える行動にドギマギしてればいい!
そう思ってるじべ田です。



だぶんへTOPへ
* * * *