【 IT CAN'T BE HELPED 】

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それは、ある日の昼下がりだった。

『リュカくん』

ふいに呼ばれた声に、リュカは主を探して顔を上げた。
こちらを見ていたのはマルスだ。

『なんですか、マルスさん?』
『ちょっと頼みがあって』
『ぼくに出来る事なら……』
『簡単。アイクに会ったら「一時間遅くしてくれ」って伝えておいて欲しいんだけど』

マルスがリュカにそう頼んだのは、リュカがアイクと会う可能性が高い、又は居場所を熟知しているのを知ってのことだろう。
けれどマルスに伝言を頼まれた時、実のところリュカにはアイクと会う予定は無かった。
部屋でネスと遊ぼうかと、そんなことを考えていたのだけれど。

『そう言えば、アイクさんに伝わりますか?』
『うん、大丈夫だよ』
『そうですか、分かりました』

マルスに頼まれた事により、口実が出来たと思ってしまった。

『アイクさんに伝えておきますね』

彼を探しに行く理由が出来たと、思ってしまった。



+ + + + +



アイクはよくふらっと居なくなる事が多い。
どこかに出かけて散歩しているという訳ではなく、ハルバード内にいることはいるらしい。
だが、その行く先を誰かに伝えておくなどといった行動をしないため、姿が見えなくなるとどこに行ったのかわからなくなってしまうのだ。
最近、その行方不明者を発見する糸口となっているのがリュカだった。
リュカとアイクの間柄のせいもあるだろうが、リュカはある程度アイクの行動範囲を知っている。
故にアイクを探す人間がリュカを頼る事は間々あることだった。

「大部屋にもいなかったから、甲板かなぁ」

この時間帯にいなくなったということは、おそらく昼寝の可能性が高い。
アイクが昼寝に使っている場所を一つずつ周っていたが、今までの所には姿を見せていない。
最後に行き当たったのが、ハルバードの甲板だった。
そろそろ寒くなる時期だから外は無いかもしれないと思っていたのだが、少し勘が外れてしまったようだ。
日の差す廊下を進み、慣れた足取りで甲板へ続く扉へと向かっていく。
ノブを握り、風圧で少しだけ抵抗を感じさせるドアを押し開けて、外に出て。
リュカは目当ての人物を探して辺りを見回した。

「上かな……」

アイクがいつも寝ている甲板は、奥に回りこむと少し高い場所へと上れるところにある。
他人に見つかりづらく、また日がよく当たるその場所をアイクが好んでいるの事をリュカは知っていた。
扉を開けた先にいないということは、そこで寝ているのだろう。
少しだけ細くなっている壁際を歩き、奥へと進んで船体を足場に上へと登っていく。
淵に手をかけてその場へとよじ登ると、案の定、見慣れた紺色の髪が見えた。
横になったまま動いていないのは寝ている証拠だろうか。
甲板を吹き抜ける風の寒さに少し身を震わせながら、リュカはアイクのそばへとゆっくり歩み寄った。
仮眠程度の眠りだったら近寄っただけで気づかれるのだが、今回はそんな気配などまるでない。
完全に昼寝に入っていて、熟睡状態なのだろうか。
『これがあればどこでも寝れる』と豪語しているマントを少し風になびかせたまま、彼は眠っている。
一瞬起こして良いものかと悩んだが、今回は言伝を頼まれているのだから迷っていてもしょうがないだろう。

「アイクさん、アイクさん」

眠るアイクの肩に手をかけ、少しばかり揺さぶると、閉じていた彼のまぶたがわずかに震えた。

「すみません、起きてください。アイクさん」

もう少しだと力を強めると、いよいよアイクの目が開いていった。
うっすらと開いた目の奥の紺色の瞳は、いまいち状況が分かっていないという風にぼーっとしているようだ。

「アイクさん、起きてください」

その目を覗き込むように声をかけると、ゆっくりと周りを見ていた視線がこちらを見つめてピタリと止まった。
幾度かの瞬きののち、少し枯れた声で名前を呟かれた。

「すみません、マルスさんに伝言を頼まれたんですけど」

『マルス』。
アイクはその名を呟くと同時に、何かを思い出したとばかりにはっと目を見開いた。

「あ、そうだ……」
「やっぱり何か約束があったんですね。伝言、頼まれたんです」

にっこりと言うリュカに、アイクはなんだと首をかしげて先を促す。

「『一時間遅くしてくれ』だそうですが……」

これで分かりますか?、と問うと、アイクは欠伸をかみ殺しながら頷いた。

「手合わせの約束があったんだ。分かった、一時間だな」
「はい」
「けっこうあるな……寝るか……」

ちゃんと起きてはいるものの、まだ寝転がったままのアイクの発言にリュカは思わず笑ってしまった。

「まだ寝るつもりですか?」
「寝ようと思えばいくらでも寝れる」
「それはあまり自慢にならないような……っ!」

苦笑していると、甲板の上を冷えた空気が駆け抜けていった。
肌寒い感触に身震いをし、リュカは自分を暖めるように自らの腕で身体を抱きこんだ。

「寒いか?」
「ちょっと冷えますね。もう半そでじゃキツイかも」

そう言って青い空を見上げたリュカだったが、次の瞬間、何かに身体を思い切り引っ張られた。

「え、うっ……わ!」

バランスを崩して倒れこんだリュカだったが、不思議とどこにも痛みは無く。
思わず閉じてしまった瞳をゆっくり開くと、自分の腰に誰かの腕が絡み付いていた。
『誰か』など、自分以外に他に人がいるかと考えたならば一人しかいないわけで。
後ろから抱きしめられているという状況を理解し、リュカは顔を一気に赤くしながらアイクの腕を叩いた。

「ああ、あああの、ア、アイクさんっ?」
「ん?」

背中に顔を埋めているらしく、くぐもった声で答えるアイク。
リュカはアイクの意図が読めず、一体何をしているのかと問おうと思った瞬間、赤いマントが自分の肩に掛かってきた。
腰に伸ばされていたアイクの腕がマントを掴み、そして再びリュカを丸ごと抱き込むように腰へと戻っていく。
後ろにぴったりとくっついているアイクの身体に、心臓の速度が増していく。

「あの、ど、どうかしたんですか?」
「いや、冷えると言っていたから」

多少マシだと思って、とアイクは背中に顔を埋めたまま答える。

「……暖かくないか?」
「いえ、それはあの……」

正直に言えば「暖かい」どころの話ではない。
自分の体の後ろ側全体に触れられているアイクの体温に酷く緊張してしまい、心臓がばくばくとうるさいほどに音を立てていて。
顔まで熱くなってしまっていて、リュカは暖かいとかそんなのん気なことをいえるような心境では無くなっていたのだ。

「いやだったか?」

唐突に耳元でそう囁かれ、リュカはその声の低さに身を震わせた。

「いやじゃ、ないです……」
「ならこのままでいいか?」

放す気など到底無いのだろう。
腰に巻き疲れてる腕の力はまったく抜けていないのだから。

「はい」

小さな小さな声でそう答えると、アイクは満足そうに「ん」とだけ答える。
耳元にきていた顔が元の背中の位置に戻り、再び埋めるように押し付けられた。
少しむずがゆさを感じるものの、アイクの体温が傍にあること、そしてマントで包まれてるお陰で身体は非常に温かくで心地良い。

「あ、アイクさん」
「なんだ?」
「ちゃんとマルスさんとの約束、覚えてなきゃだめですよ?」

なんだかウトウトし始めてしまいそうで、リュカは自分が何をしにきたのかを思い出し、またこれからアイクも予定があるということをしっかりとさせておかねばと思ったのだ。

「分かってる、一時間後だろう? チーム戦の打ち合わせでもないから急く必要もない」
「そういう問題じゃありませんよ。約束はちゃんと守らなきゃ!」
「固いな、お前は」
「固いじゃなくて当然のことですよ」
「分かった分かった」

説教は聴きたくないとでも言いた気に、アイクはリュカの腰に回していた腕を胸元まで移動させ、自分の身体で包むかのように抱きしめてしまった。
アイクの髪が首筋に当たり、リュカはくすぐったさに身をよじりながら続ける。

「分かってないですよ。起きてくださいってば」
「起きてる起きてる」
「……って、全然動く気ないじゃないですかっ」

自分を抱きしめたまま起き上がろうともしないアイクに、リュカは大きなため息を吐いた。

「もー……しょうがないなぁ……」

そんな言い方をしながらも、自分だってこの腕の中から出る気はないのだ。
この人の体温がとてもあたたかくて、感じる鼓動がとても心地良くて。

「ちゃんと時間通りに起きてくださいよ?」
「ん……」

どう聞いても半分寝ているその返事に苦笑し、リュカもその腕の中でゆっくりと目を閉じた。

「アイクさん、あったかいです」
「お前もあったかい……」
「そうですか?」
「あぁ、あったかい……」

少しだけ自分を抱きしめる腕に力が込められた。
そう思ってから、アイクは一切言葉を発しなくなってしまった。
後ろを見ずとも、かすかに聞こえる吐息が彼が眠った事を物語っている。
少しだけ、このまま眠ってしまいたい。
責任感の強さからか、起きていたかったリュカだったが。
しばらくの後、ついにゆっくりと瞳を閉じて眠りへと落ちていった。
背に感じる体温に、穏やかな心地よさを感じながら――


+ + + + +


「こっちだよ、マルス兄ちゃん」

甲板へと続くドアを開き、ネスは辺りを見回した。
けれど感じとったPSIの主の姿はそこにはなく――

「リュカくん、いたかい?」

自分の後ろをついて来ていたマルスの問いに、ネスは首をかしげてた。

「リュカのPSIは感じるんだけど……どこだろう」

もう一度、と目を閉じてネスは意識を集中する。
すると、意外にもすぐ近くから力を感じ取ることが出来た。

「あ、上だ」

呟き、少し高い場所にある足場へとネスは飛んだ。
なるべく足音をさせないように着地して、床の上で丸くなっている人影へと近づいていく。

「ネス?」

後を追い、足場へ登ってきたマルスをネスは手で呼び寄せた。

「マルス兄ちゃん、いたよ」
「どれどれ……あらまぁ」
「ぐっすりだね」

笑ってしまっているネスに釣られ、マルスも思わず苦笑を漏らすしかなかった。
そこには赤いマントにくるまってすっかり熟睡しているアイクとリュカの姿があった。

「リュカくんに頼んだから大丈夫かと思ってたけど、一時間の間に一緒に居眠りされるとは」

アイクは、リュカに伝えるよう頼んだ時間になっても訓練施設に現れなかった。
リュカが頼み事を忘れるなんてないと思っていたから、もしかしたら二人で一緒にいるのかもしれないとネスにリュカの居場所を探してもらったのだが。

「珍しいね、頼まれ事あったのにリュカが寝ちゃうなんて」
「確かに」
「……で、兄ちゃん。どうするの? 手合わせは」
「うーん、そうだねぇ」

別に今回の手合わせは、急ぎなどの理由があるわけではないのだ。

「こんな心地よさそうなのに、起こすのはしのびないね」

とても穏やかな表情の二人を見て、マルスはその場に背を向けた。

「仕方が無い、手合わせはまたにするさ」

言って下へと降りていったマルスを見送り、ネスもまた二人の顔を覗き込んだ。

「だってさ。おやすみ、リュカ、アイク兄ちゃん」

きっと冷えてくれば自然と目を覚ますだろう。
なんだか幸せそうな二人をその場に、ネスはマルスの後を追いかけていった。





* * * *





ちょっとしたヨタ話。
某様に捧げモノとして書き上げたものです。
アイクにハグされてるリュカが書きたくてしょうがなくて仕上げました(笑)
リュカがアイクの抱き枕状態になってたら萌えだな、と書きながらすごく思ってました。
妄想はするだけは自由ですので楽しいです。




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