【 理非曲直 U-T 】
(マズイ)
ベッドの上で寝転がりながらアイクは大きくため息をついていた。
無機質な白い天上を見上げてもこの心が落ち着く様子はない。
(頼むから収まってくれ)
どうやったらこの心臓が穏やかになるのか、アイクには今のところ検討もつかない状態だ。
原因は数時間前に部屋を尋ねてきたリュカの、あの唐突な行動。
頬に触れた暖かく柔らかい感触と、そして名を呼んだあの声色。
『アイクさん』
リュカのあんな声は聞いたことが無かった。
普段の声とは違う、艶を帯びたような呼びかけ。
それを聞きたいと望んだ事が無いといえばウソだ。
だがリュカと自分にはまだ早いだろうと、アイクはそう思っていた。
(思っていたんだがな……)
そんなアイクの自制の壁にヒビを入れるのが、まさかリュカ自らの行動になるとは想像出来ただろうか。
とにかく冷静になれと、大きく息を吐いて寝返りを打つ。
きっとリュカは、アイクに意識があったなど夢にも思っていない。
もしアイクが起きていたと分かっていたら、あんな行動など取らないだろう。
ならば自分は「何も知らない」と偽って接していた方が穏便に事は済むはずだ。
リュカは恥ずかしさから部屋を飛び出したのだ。
内心でその行動を引きずり、アイクの様子を気にする可能性もある。
「アイクは眠っていた」という事実を作り上げた方が、リュカも気が楽になるはずだ。
そう考えながら、アイクは無意識にリュカの唇が触れた頬を指で撫でる。
「……リュカ」
けれど、一体いつまで急くようなこの心を抑えていられるか。
この焦心は、アイクに自分を見失わせるに十分な材料となり始めていた。
+ + + + +
どうしてだろう。
『俺の部屋に来てたのか?』
あんなに恥ずかしくて慌てて部屋から飛び出したのに。
『完全に寝ていたらしい。すまん、気づかなかった』
昼間の出来事など知る由もないアイクの言葉。
苦笑して謝る彼を見て「良かった」と同時に「残念」だと思う自分がいた。
(どうして残念だなんて思うんだろう……)
その日の夜のアイクとの会話を思い出しながら、リュカはベッドの上で枕を抱きしめながらため息を吐いた。
自分がやってしまった『例の行動』から数日経つものの、相手に目立った変化はないように思える。
いや、それは当然だ。
なぜならアイクは眠っていたのだから、リュカの行動を知っている方がおかしいと言う話だ。
それにアイクに知られていたとしたら、とてもじゃないが今までと同じように接するなんて自分に出来たかどうか分からない。
なのに、どうして残念だと思う自分がいるのだろう。
(あの時、ぼくはなんであんなことしたんだろう)
そう考えながら、ふとアイクの頬に触れた唇を指先でなぞる。
キスはまだされたことがなかった。
行為を望むような素振りさえ、アイクは見せたことがない。
自分からせがむようなことなどリュカにはとても出来ないが、それ自体を嫌っているわけではない。
今までは傍にいるだけで、抱きしめられるだけで良いと思っていた。
けれど、数日前の『出来事』以降、どうにもそれだけでは足りない自分がいることに気付いてしまった。
(でも、そんなこと言えないし)
ふぅ、と二度目となる大きくため息を吐き、リュカは抱きしめていた枕に思いっきり顔を押し付けた。
傍にいたい、触れたい、抱きしめたい。
それだけでは収まらない想いが徐々に膨れ始めている。
(どうしたら……)
「リュカー?」
答えの出ない押し問答を繰り広げていた矢先、ふいに名を呼ばれ、リュカはビクリと肩を揺らしてバッと枕から顔を上げた。
目の前に、首をかしげながら不思議そうにこちらを見ているネスの姿があった。
パジャマ姿なのを見て、もうそろそろ寝る時間か、などと思った。
「ネス」
「お風呂出たけど……どうしたの? なんか具合でも悪い?」
「ううん、平気だよ」
そう言って笑うけれど、普段の元気な風には受け取られていないのだろう。
ネスはますます怪訝そうに眉をひそめ、ベッドで座り込んでいるリュカの隣を陣取った。
「悪い夢でも見た?」
「そうじゃ、ないよ」
「…………じゃあ、アイク兄ちゃん?」
ピクリと肩が動いてしまった。
誤魔化せない自分が少しだけもどかしい。
「何か言われたの?」
そうじゃない、と首を横に振る。
「ケンカしたって雰囲気には見えないよね」
ここ数日のアイクとリュカの様子を思い浮かべ、ネスは「うーん」と首をかしげた。
リュカと話しているときのアイクに別段変な様子は見られない。
もしリュカとケンカしているとすれば、アイクがぎこちない様子になると思うのだが。
「違うんだ」
ポツリと呟くリュカを見て、ネスは急かす事無くその続きを待った。
「アイクさんが、悪いんじゃなくて……」
「じゃなくて?」
「…………ぼく、が……」
「リュカが……アイク兄ちゃんに何かしたの?」
「何か、というか……あの……」
どう続きを言えば良いか分からず、リュカは抱きしめていた枕に再び顔を埋める。
リュカの「言いたくない」ではなく「言い難い」というものを感じ取ったのか、ネスはベッドに横になりながら続きを待っていてくれた。
(ぼくがアイクさんにキスしたいとか……変じゃないのかな……)
ふっとそう考えた瞬間、ネスはどうなのだろうと疑問に思った。
自分とアイクと同じように、ネスはマルスと相愛の仲だ。
稀にマルスがネスを茶化す様子から、おそらく自分たちよりも長く、そして進んだ関係を持っているように見受けられた。
ネスは、マルスに対してどういう気持ちを抱いているのだろうか。
意見を聞けば、自分の中でも少しくらい答えが出せるかもしれない。
枕を握り締め、リュカは少しだけ顔を上げて横に寝そべるネスを見つめて口を開いた。
「あの……さ……」
「うん、なぁに?」
「ネスは、さ……」
「うん。ぼくが、何?」
「…………ネスは、マルスさん、好き、だよね?」
「……まさかリュカ……マルス兄ちゃんが好きになった、とか……?」
「え?」
普段より低く聞こえたネスの声に、リュカは思いっきり勘違いされそうな発言をしたと気付いた。
「ちち、ちがっちがうよ! そうじゃない、そういう意味じゃなくて!」
「え、あ、ちがう? あの、えっと?」
「あー、そのー……」
枕をぎゅうっと抱きしめながら、リュカは大きく息を吸い込み心を落ち着けた。
「あのね、ネス……笑わ、ないでね?」
大きく息を吐き出して、リュカはそう切り出した。
それにネスはこくりと頷いて起き上がり、姿勢を正して続きに耳を傾ける。
「ネスは、その……マルスさんが好きだよね?」
「……うん」
ウソではないし、照れで否定してもしょうがない場面だと言い聞かせながら、少しばかり顔を赤くしてネスはゆっくりと頷く。
「それでね、ネスは……その、マルスさんに、ね」
「うん、ぼくがマルス兄ちゃんに?」
「えっと、触れたいなぁとか思ったり……」
「触れたい、とか?」
「あの……キ……」
「き?」
「……キス、したい、とか……」
リュカの言葉を聞いた瞬間、ネスはわずかに固まった。
「え……キス……って……?」
呆然とした呟きに、やはり聞いてはいけなかったかとリュカは顔を真っ赤にして首を横にぶんぶんと振り始める。
「あっ、ううん! なななな、なんでもっ……なんでもないんだ!!」
「リュカ?」
「本当に、本当になんでも……ないから……」
言いながらどんどん声を小さくして顔をうつむかせるリュカに、これは本当に何かあったかとネスは察知した。
リュカの様子にこちらも緊張してしまったが、一緒になって固まっている場合ではないようだ。
「リュカ、本当に何かあった? ぼくで良ければ話聞くよ?」
「……ネス……」
ネスの穏やかな声に、リュカはゆっくりと顔を上げてその黒い瞳を見つめた。
不安げなリュカを安心させようと、ネスはにっこりと笑って頷く。
「アイク兄ちゃんは鈍くて大変でしょ? 少しくらい、気がまぎれるかもよ?」
そう言っておどけて笑うネスに釣られ、リュカも思わず吹き出してしまった。
「鈍いなんて、ネスは酷いなぁ」
「けっこう当たりでしょ? マルス兄ちゃんみたいになんでもお見通しも大変だけどさ……」
「あぁ、はは……」
少しばかり遠い目をして呟くネスに、リュカは苦笑いでしか答えられない。
「まぁそれは置いといて」と気を入れ直し、ネスは改めてリュカに向き直った。
「それで、えっと……キス、だっけ?」
「ぁ、う……」
「アイク兄ちゃんに対しての気持ちを、リュカ自身がどう思ってるかは分からないけど」
ネスがしっかりと発音した言葉に少しだけ頬が熱くなる。
そんなリュカに気付かず、ネスは「むー」と顔を上に向けながら喉を唸らせた。
「少なくとも好きな人に対しての気持ちとしては変とは思わないよ」
はっきりとした台詞に、リュカはパッと表情を明るく変える。
「そ、そうかな?」
「うん。だって『一緒にいたい』とかも思ったりするでしょ?」
それにリュカはこくりと頷いて答える。
「ぼくだって思うし、誰だってそうだよ。だから変な事じゃないよ」
言い切るネスに、少しだけ安堵の混じったため息を吐き出してリュカは微笑んだ。
「……そっか」
自分の想いは変ではない、持っていておかしくない、誰もが抱く気持ち。
(なら、アイクさんはどうなんだろう)
今の関係で満足しているようにも見えるアイクは、一体どう思っているのだろうか。
――ドンドンッ!
湧き上がった疑問は、急に部屋に鳴り響いたノックの音で吹き飛ばされてしまった。
こんな遅くに誰だろうとネスとリュカが顔を見合わせていると、少し遠慮がちな声がドアの向こうから聞こえてきた。
『ネスー、リュカー、起きてる?』
『寝てないならちょっと入れてよ』
それはピットとトゥーンリンクの声だった。
一体こんな時間に何の用だろうと思いつつ、追い返す理由も無い。
ネスとリュカはお互いに顔を見合わせて頷き、外にいる二人を部屋に入れる事にしたのだった。
――同じ頃。
アイクは一人、自らの部屋ではなくハルバードの大広間のソファに寝そべり、ボーっと天上を見上げていた。
ここ最近、あまり寝つきが良くない。
原因はリュカの事でこんがらがる頭だろう。
悩みで寝られないなど、あまりらしくもない自分の現状にアイクはため息を吐く。
例の件で平静を装うのがリュカにとっても自分にとっても一番だと、そう思っていたのに。
(なんでこんなに悩むんだ)
冷静であろうとすればするほど、ふつふつと湧き上がる焦燥。
あの時、寝たふりを続けてリュカに冷静さを取り戻させなかったらどうなっていただろうか。
そんな考えが頭をよぎる事が多くなった。
かといって、そんな自分の想いを思うがままぶつけるなどアイクには選べるわけも無かった。
自らを見失い、リュカを傷つけてしまってはなんの意味も無いのだから。
――ガチャ……
「あれ、誰かいるのかい?」
終わりの無い悩みに入り込み始めていたアイクの耳に飛び込んできた、扉の音と人の声。
ふと現実に引き戻されたアイクはのそりと顔だけを上げて音の方を見やった。
「なんだ、マルスか」
「なんだ、アイクか」
薄暗い室内でぼんやりと見えた人影を記憶と照らし合わせて呟くと、相手も同じような声の調子で名を呼び返していた。
言ってしまえば、至極どうでもいいという風な声色。
お互いの、お互いに対する了見があまりにも似ていることにマルスは思わず吹き出してしまった。
「息は合っても気は合わない、か」
「……らしいな」
わずかに苦笑したアイクだったが、それ以上は会話をする気になれずに頭をソファに寝かせてしまう。
やれ付き合いが悪いと勘ぐったマルスは、手にしていたグラスに口をつけた。
どうにもアイクから「一人にしてくれ」という風なオーラが感じ取れたのだ。
普段、無愛想であれど付き合いが悪いわけではない彼にしては珍しい状態ではないだろうか。
彼に何があったのだろうかという興味と、ここは大広間であり、誰が居てもおかしくない空間なのだから自分が退く必要は無いだろうというこじ付けを心で行い、マルスはアイクの寝そべるソファへと歩みよった。
「一人になりたいなら部屋が一番だと思うけど?」
自分の勘を信じ、何の前触れもなくそう呼びかける。
僅かに彼の顔が動き、こちらを見たように感じた。
決して明るくない室内では影の動きと音だけが行動を知る手がかりだ。
夜目を利かせるには、もう少しばかり暗闇に慣れなければならないようだ。
と、ふとアイクがぼそりと口を開いた。
「部屋が嫌だからここにいるんだ」
ベッドで寝ているだけで、あの日のことが頭をよぎるのに。
冷静に考えるには場所を変えなければと、アイクはそう思って大広間に来ているのだ。
けれどそんなアイクの内心など知らぬマルスは、妙な様子の彼に興味を持ってしまっているらしい。
「ふぅん。珍しい、悩んでるね」
「誰が悩んでるって言った」
「あのね、ウソつくならもう少し演技するとか、雰囲気を誤魔化すよう努力した方が良いと僕は思うけど?」
「……不得手だとわかってて言うか」
僅かな会話の間に観念したのか、アイクは「ふぅ」と大きく息を吐いて上を見上げていた身体を横向きへと直す。
「俺の問題だ。誰に相談しても答えは俺が出すしかない」
「まぁそういう考えを悪いとは言わないけどさ」
「だったらほっといてくれ」
室内の暗さになれた瞳が、アイクの目が閉じるのを捉えた。
相談さえしようともしない様子から本気で悩んでいるのだろう。
それも、彼はああ言ってはいたが、おそらく一人では答えの出ない悩みがあるはずだ。
それにアイクにとっては皮肉な事だろうが、マルスにはなんとなく思い当たる節があった。
「ストレートに聞くけど、リュカくん絡みだろ?」
どうにも茶化し混じりに聞こえる声に、アイクは自分を見下ろしているマルスに視線を向けた。
「……酒か?」
「ん? あぁ、ちょっと寝酒でもって思ってさ」
手にしていたグラスを傾ける姿に問うと、わざわざ口元からそれを離して掲げてくれた。
「アンタも寝られないのか?」
「単純に眠気が来なかっただけ。残念ながら悩み多き今のキミとは違う」
「そうか」
そこで言葉を切り、アイクは再びマルスから視線を外して瞳を閉じる。
と、何故マルスがあっさりと自分の悩みを「リュカ絡み」だとあっさり見抜いたのか気になった。
「なぁ、なんでリュカが原因だと思ったんだ?」
どうせおそらく「キミが悩む要因はそれぐらいしかない」などと言われそうだったが、
「いやね、最近リュカくん、妙にため息が多いように思ったからさ」
少し意外なマルスの言葉に、アイクは身体を起こしてマルスとしっかり向き合った。
「ため息? リュカが?」
「そ。それもキミと話した後、キミの姿が見えなくなってからため息ってパターンが多かったなぁって」
『姿が見えなくなってから』
つまり、自分がいなくなってから、自分とのことが原因でため息を吐いていたというのか。
「落ち込んでいたのか?」
「いや……あれは『落ち込む』というより『思案して』という感じかな」
「……考え事?」
「僕の臆測かもしれないけどね。ただリュカくんがあんな風に悩むのは珍しいと思うよ」
言ってグラスを傾けながら、マルスは妙だと感じたリュカの様子を思い出す。
普段の、例えば夢見が悪くて沈んでしまうような分かりやすい変化ではなかった。
おそらくたまたま、偶然にため息の様子を見てしまったから気付けたのかもしれない。
「リュカくん、多分ため息の原因をすごく内面に溜め込んでるんじゃないかな」
「……俺が原因ということか」
「さぁ。ただ僕が思うに、リュカくんは“キミに何かされたから悩んでいる”わけじゃないみたいだけどね」
マルスのその意見にアイクはふと考えを巡らせる。
もしもリュカがアイクに気付かれぬように一人で悩んでいるとしたら、それは彼自身の中で起こっている悩みなのかもしれない。
(俺が原因じゃない。だとすれば……)
ふと、一つの事柄が頭に浮んだ。
もしリュカが「リュカ自身が行なった事で、リュカとアイクとの関係に悩んでいる」としたならば。
「まさか、あれが……?」
「何、思い当たる節があるの?」
思わず口に出してしまった事に気がつき、アイクは視線を逸らす事でそれ以上の追求を拒絶する。
それに気付いたか、マルスもそれ以上は何も聞いては来なかった。
代わりにとばかりに、少しだけ明るい口調で彼は突然に切り出してきた。
「リュカくんが話題に出た次いでじゃないけど」
「なんだ」
「キミたちってどこまでいってるの?」
「はぁ?」
何を聞くんだコイツは、とマルスを見ると、少し酒が入って気分が高揚しているのだろうか。
普段の彼のものとは少し調子の違う、飄々とした笑顔でこちらを見ているではないか。
しっかりと言葉に表すなら「ニヤニヤしている」がぴったりかもしれない。
「そういう話ならする必要は無い」
「ほ〜……ってことはまだなわけか」
「あのなぁ」
「キスは? それもまだ? 抱きしめるとかその程度なわけ?」
「……アンタ、酒飲むとそんな風になるのか?」
付いていけないと起こしていた身体を再びソファに横たえるが、マルスはそんなことお構い無しに構ってくる。
「いや、単純に気になるんだよね。相手も相手で、僕らって『似てる』状態じゃないか」
確かにネスとリュカは同い年で、そして自分たちも同年代だ。
そう言われればそうかもしれないと納得してしまう自分が悲しいが、それにしても遠慮も無しに聞くような事だろうか。
「じゃあ聞くが。アンタらはどうなんだ?」
自分とリュカの出会いよりも以前に知り合い、尚且つそういう『関係』になっているマルスとネス。
聞いたのは売り言葉に買い言葉の、冗談半分の問いのつもりだった。
だが、マルスの返してきた答えはアイクの想像をはるかに越えたものだった。
「そうだね。それなりに普通の関係は持ってるよ」
「…………普通の?」
「身体とか」
「は?」
(なんだって? 身体?)
「それは、おい……まさか、いや、どういう意味だ?」
「んー? アイクの想像してる通りだと思うけどな」
「してる通りって……ネスはまだ子どもだろう?」
アンタはネスに本当に手を出してるのかと、心の底から驚いてそう言ったのだが。
「子どもかもしれないけど、それ以前にネスは僕の恋人だよ」
「それは分かるが……」
どうにも「年下」という事を気にしているらしいアイクに気付いたか、マルスは残り少なくなったグラスを一気に煽って一言告げた。
「アイク、あまりリュカくんを子ども扱いしない方がいい」
どういう意味だろうと薄暗い闇の中に映る青い瞳を見上げる。
「彼らは僕らが思う以上に色々と考えているよ」
「そうかもしれないが……」
「だからこそ、リュカくんはキミに気付かれぬよう、キミが知らぬ何かを深く考え込んでいるんじゃないかな?」
「………………」
痛いところを突かれ、アイクはぐっと反論を飲み込んだ。
確かにマルスの意見は一理あるかもしれない。
何より、リュカがこちらが想像していた思考以上の考えを内面に秘めていたとしたら、数日前の行動も納得がいく。
「彼らはまだ幼い。だけれど、僕らが思うよりも『子ども』でもない」
マルスの言葉に、数日前のリュカの声が耳を掠めていく。
『アイクさん……』
甘い声と頬に触れた感触。
まだリュカには早いと思っていた表現を、しかし彼は自ら進んで行なってしまっていた。
意図的か無意識かはわからないが、リュカを動かす何かが彼の中にあるとしたら。
――ガチャッ。
一瞬だけ静寂が包んだ大広間の扉が、ふいにノックもなく開かれた。
こんな時間にまだ人が来るかと振り返るマルスに釣られ、アイクもまたソファから身を起こして立ち上がる。
「マルス、それにアイクも。良かった、ここにいたのか」
「……あれ、リンク?」
名を呼ばれた声の主――リンクは安堵したように部屋へと入り、二人の下へと歩み寄ってきた。
普段の新緑色の服装でない、ラフな姿は彼がもうすぐ寝ようとしていた事を現していると思われるのだが。
「今日はずいぶんと深夜徘徊する人が多いね。キミまで一体どうしたんだ?」
「俺はお前たち二人を探していたんだ」
「俺たちを?」
ふと何か夜に約束でもしていただろうかとお互いに顔を見合わせるアイクとマルス。
だけれどリンクが吐き出したため息が、その検討が外れている事を教えてくれた。
「ちょっと来てくれ。面倒な事が起こった」
「面倒? ピットがいなくなったから探せ、とかだったら遠慮するよ?」
「そうじゃない。ネスとリュカを今日の夜の間で良いから引き取って欲しいんだ」
「ネスとリュカ……って何かあったのか?」
わけが分からないと首をかしげる二人に、けれどリンクは「来れば分かる」とだけしか告げず、早く付いてくるように促すだけだ。
何が起こったのか不明だが、少なくともリンクは冗談で「面倒が起こった」などと言う性格ではない。
若干の嫌な予感を胸に抱きながら、二人はリンクの後を付いてネスとリュカの部屋へと向かっていった。
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