【 理非曲直 U-U

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「おいおい……」
「これは何事だい?」

リンクに連れられてネスとリュカの部屋を訪れた二人の目に飛び込んできたのは、想像していたのとはちょっと種類の違う、けれども色々な意味ですさまじい光景だった。

「あー、マルスにぃちゃんだぁ、やっほー」

妙ににこやかでさわやかで、だがどこか浮ついたような笑顔を見せているネスに、

「うぇぇえええん!! ばあちゃーん!!」

これまた夜中だというのに遠慮なく泣き叫んでいるトゥーンリンク。
今までに見たことの無い状態となっている二人の共通点と言えば、若干ふらふらしていて顔が真っ赤だということだろうか。

「なんかさぁ、お酒の匂いしない?」

マルスに言われるでもなく、アイクもその部屋のもう一つの異常を感じ取っていた。
彼の言葉通り、ネスとリュカのこの部屋に充満しているのはアルコールの香りだ。
子どもで――しかも年少である二人の部屋に漂う香りとしては、明らかにあってはならないもののはずだが。

「ごめん! マルス、アイク許して……」

眉間のしわを増やし続けているアイクとマルスに声をかけたのは、この中で唯一正常を保っているピットだった。
一体全体何事か理解できていない二人に、彼は事の顛末を話し始める。
曰く、昨日スネークとファルコンから「これやる」とジュースを数本もらったそうな。
ためしに飲んでみたらこれがなかなかに美味しいではないか。
よし、こんな量は一人で飲みきれないし、みんなで飲むことにしよう。
トゥーンリンクも誘って、ネスとリュカの部屋へ行って遊びながらでも飲もう。

「で、その結果がこれか?」
「うん……お酒だって僕が気付かなくてさ……」

そう言って羽まで萎縮させてションボリするピットに、マルスもアイクもため息しか出てこなかった。

「そう言えば、ピットはザルだったっけね……」
「ザルを通り越してアルコールなんて水同然だからな」

ポソリと呟くマルスの言葉に、リンクはイヤに冷静なコメントを返す。
以前にファルコンやスネークなどに混じってお酒をあおり、そしてその二人を完全に潰していたのは彼の伝説といっても過言ではない出来事だ。
理由はわからないが、どうやらピットはどれだけ飲んでも酔う事もないらしい。
そのせいでこの部屋がこんな状態になってしまったのだろう。

「そうだ、トレーナーくんはどうしたんだい?」
「あぁ、あの子はほら、最近ゼニガメの調子が悪いからって……」
「……ブレーキは不参加、か」

この子ども勢の中で唯一にして最大の制御役ともいえる存在を思い出したマルスだったのだが、ピットの言葉に頭をうな垂れさせた。
ふとブレーキの言葉に、アイクはもう一人の存在を思い出す。

「……リュカはどうした?」

正常なピットとニコニコと楽しそうなネス、泣き喚くトゥーンリンクは目の前にいるが彼の姿だけがここには無い。
一体リュカはどうしたかと部屋を見渡し始めた瞬間、

「おぉい、だぁれか〜……」

一番奥の方から助けを求める小さな小さな声が聞こえてきた。
妙に聞き覚えのある声に、アイクは一瞬眉を潜めてそれが誰だったかを思い出そうとする。

「リュカ、じゃないな……」

その答えは、部屋の奥のベッドにパジャマ姿で突っ伏しているリュカの姿を見つけた瞬間に浮かび上がってきた。
ふらふらしているネス達に当たらないよう気をつけて部屋の中に入り、うつぶせでベッドに沈んでいるリュカの傍に歩み寄る。

「おい、ヒモヘビ?」
「お、その声は団長かぁ?」
「何があった? ……というかどこだ?」
「急にリュカが倒れてきて……苦しい、内臓出ちまう……」

ヒモヘビの言葉に彼が下敷きにされているのだと理解したアイクは、どうやら眠っているらしいリュカの胸元に手を差し入れ、ひょいとその身体を持ち上げる。
力の入っていない腕がだらりと垂れ下がるのを見ながら、アイクはヒモヘビに声をかけた。

「大丈夫か? 生きてるか?」
「ぎ、ぎりぎりセーフ……」

丁度リュカの腹辺りからスルリと身体を這い出してきたヒモヘビは、リュカを支えるアイクの腕に巻きつき「ふぅ」と小さく安堵の息を吐き出した。

「あー苦しかった……」
「災難だったな」
「まったくだぜ。それよりもリュカは平気なのか?」

ヒモヘビの言葉に、アイクは腕の中で力無く項垂れているリュカをしっかりと抱き起こした。
顔は酒のせいか頬がほのかに赤くなってはいるが、様子を見る限り具合が悪いということは無いようだ。
座っていない首を腕で支えながら、顔を覗き込み声をかけてみる。

「リュカ、大丈夫か?」

少しだけ揺さぶると、思った以上に早く瞼が開いて空色の瞳がこちらを見上げてきた。
眠っていたわけではないのかとアイクが内心意外に思っていると、腕に巻き付いていたヒモヘビがリュカの胸元へと滑り降りていく。

「リュカ、起きてたのにオレの上に倒れてきたのか?」
「……ん? やぁ、ヒモヘビじゃあないかぁ」
「じゃあないかぁって、お前大丈夫か?」
「うん? 大丈夫?」

問いかけに少しだけ微笑んで微妙にズレた返答をするリュカ。
呂律もはっきりしない部分もある様子からして、完全に酒に負けているらしい。
やれやれとため息を吐き、ヒモヘビはリュカの胸元からベッドへと降りていく。

「団長や王子が来たってことは、ネスやリュカの面倒は見てくれると思っていいのか?」
「ん、そのつもりだ」

リンクから詳しい事は聞かされていなかったが、この有り様を見れば「引き取って欲しい」と言うのも理解出来る。
こんな状態を目にして放っておくなんて、とてもじゃないがアイクにもマルスにも出来やしない。

「助かったぜ……アルコールの匂いで目が覚めたらこんなになってるしよ」
「挙句に潰されたしな」
「まったくだ! リュカには明日にでも説教しないとな」

細い身体を揺らして憤慨しているヒモヘビの頭を苦笑しながら撫でつつ、アイクは腕の中で若干眠たそうに見えるリュカの顔を覗き込んだ。

「おい、運ぶぞ?」

その問いかけに、良く分からないという風にリュカは首を傾げる。
少し赤い頬に潤んで見える目元に若干ぐらつく心を押さえつつ、アイクはもう一度リュカに話しかけた。

「このまま放っておくのは心配だ。だから俺の部屋に連れて行くぞ?」
「……アイクさんのへあ?」
「あぁ、そうだ」

答えながら、崩れているリュカの柔らかな金色の髪を指先で解かしていく。
気持ち良さそうに目を細めたリュカは、ゆっくりと首を縦に動かした。

「えへへ……嬉しいです」
「そうか?」
「はい、アイクさんの傍にいられるから」

妙にすんなりと言葉を紡ぐリュカに「酒の力か」と苦笑をし、アイクは小柄な背と膝に腕を差し入れてその身体を抱き上げる。
落ちないようにという意識からだろうか、リュカの手がアイクの服をキツく握り締めてきた。

「別に落としたりしないぞ」

苦笑して言うが、リュカは何も答えずに一瞬だけこちらを見上げた後、目を閉じてアイクの胸元へと頬を摺り寄せていく。
普段見ないような動きと頬を赤くさせているリュカの表情に、意識せずとも鼓動が高鳴っていく。
呼吸のためか、うっすらと開いている唇に視線が止まってしまう。

(柔らかそうだな……)

「おーい、アイク?」

と、背後から掛けられた呼びかけにハッと今の現状を思い出し、ゆっくりと声の主のマルスへと顔を向ける。
振り返った先には、ニコニコしているネスを抱えているマルスと、いまだ泣きじゃくっているトゥーンリンクの手を引いているリンクの姿が。

「リュカくんは大丈夫そうかい? もうこの部屋の電気消すよ?」
「あ、あぁ……わかった……」

数秒前の自分の思考に戸惑いながらリュカを抱えなおし、アイクもマルス達の続いて部屋を後にした。



+ + + + +



(俺は何を考えてるんだ)

自分の部屋に戻り、ベッドにリュカを下ろしてからその傍に腰掛けて、アイクは一人頭を抱え込んだ。

(柔らかそう? 馬鹿か、俺は……)

先ほどリュカの唇を見て、ふと浮んでしまった自分の考えに酷く嫌気が差してくる。
どういう視線でリュカを見ているんだ。
自分はそういうのを求めているのだろうか。
そんな考えばかりが頭をよぎっては消えていく。
欲しくないといえばウソになる。
これは真実だ。
他の誰にも向けたことの無い初めての感情をリュカに抱いているのは確かだ。

(それでも、リュカにはまだ早いだろう)

大人から見れば、自分だってまだまだ青二才なのは承知だ。
だが、それ以上にリュカは幼い。
このキツく抱きしめたら折れそうな身体に、どうして自分の強い欲求をぶつけられるだろうか。
大事にしたい、穢してはいけないと思ってしまっている。
だからこそ手を出すなどアイクには選べないのだ。
だがしかし。

――あまりリュカくんを子ども扱いしない方がいい。

繰り返してばかりの考えの途中、ふとマルスの放った言葉が耳を掠めていく。
ゆっくりと目を閉じたままのリュカの顔を覗き込み、その頬を撫でる。

『アイクさん……』

リュカのあの声がまた頭に響いてくる。
ここ数日間、ずっとこればかりで悩んでしまっているなとアイクは思う。

(子ども扱いしているつもりは無いんだが……)

『アイクさん……』

リュカの想いがどこまであるのか分からない。
何を思って、数日前にあんな行動をしたのだろうか。

「あれはお前の気紛れなのか?」

囁くように言葉を漏らすと、リュカの瞳がふいに開いた。
さきほども同じように目を覚ましたリュカを思い出し、アイクは少しだけ笑った。

「さっきも急に起きたな。大丈夫か?」
「んー?」
「眠くはないのか?」
「いーえ、別に……」

普段よりも思考も喋りもスローペースで、呂律も不安ではあるが会話は可能らしい。
何度か瞬きをした後、頬に触れているアイクの手に気付いたのだろう。
ふいに目を閉じて、酷く愛しそうにその手に頬を摺り寄せるリュカ。

「……っ!!」

焦熱のように昂ぶりかけた感情に、アイクは慌ててその手をリュカの頬から引き離した。

「……アイクさん?」
「あ、いや……」

まるで嫌がっているような行動になってしまい、後悔がアイクを襲う。
酔いで考えが鈍くなっているとはいえ、リュカの瞳もさすがに少しだけ驚いているように見えた。

「すまん……」
「アイクさん?」
「あぁ、そうだ。水飲むか?」

この場から離れた方かいい、少しでもだ。
そうすれば冷静になれる、ならなけれないけない。
けれど、それがまずかったと後悔するのはもう少し後になる。

「いかないで」

ベッドから立ち上がろうとした瞬間、服が引っ張られた。
思った以上の強さにバランスを崩してしまい、アイクはベッドの上に背後から倒れこむように落ちていく。
誰がそんなことをしたのかなんてすぐに分かった。
自分以外にこの部屋にいるのは、リュカだけなのだから。
だから、酷く動揺してしまった。

「リュカ?」

どうしたんだと言いながら、肘をついて身体を起こしかけた時だった。

「アイクさん……」

数日前のあの時と同じ声。
どこか虚ろな空色の瞳が、こちらを射抜くように見つめている。

「リュ、カ……」

細い腕が伸びてきて、自分より幾分も小さい手が両頬を包みこんでいく。

「アイクさん」

名を囁くと同時に、リュカの顔がゆっくりとこちらに近づき始めた。

「リュカッ」

(ダメだ、止めてくれ)

距離をあけようと立ち上がらなければ良かったと、今更になってアイクは後悔した。
反射で思わずリュカの口元を手で抑え込み、息を飲み込む。
近づかれたら押さえが利かなくなると、本能がそう告げている。
けれど、何もかもが焦りを増やす行動にしかならなかった。
リュカの瞳が、緩慢な動きでアイクの顔から口を押さえる指へと動いていく。
嫌われただろうか、それでも傷つけるよりはいくらかマシだ。
そんなアイクの考えは、指先に与えられた感触があっという間にかき消してしまった。

「……ん」

リュカの小さな唇の合間から覗いた舌が、ゆっくりと自分の指を舐め上げて来た。
カッと頭が沸くようなその光景に、アイクは思わず口元から手を離してしまう。

「リュカ……」
「いやですか?」

妙に静かで、しかし艶やかな声。

「こんなことするぼくは、きらいですか?」
「なん、だって……?」
「そばにいられて、抱きしめてもらえて、嬉しい。でも……」

――もう、足りない。

そんな言葉が聞こえたかと思うと同時に、リュカの唇がアイクのそれに触れてきた。
どれぐらいの間かなんて、感じ取れもしなかった。
酒のせいだろうか、少しだけ熱く感じる柔らかい感触に、アイクは理性が瓦解し始めるのを感じた。

「……っリュカ!」

これ以上は危険だと、その細い肩を掴んで引き離す。
けれども、今のリュカにそれは何の効果も無いようだった。

「こんなことするぼくは、きらいですか?」
「リュカ……」
「アイクさん」

微笑みながらこちらを見上げ、リュカは呟く。

「……好きです」

強い色情のこもった瞳に、アイクは身動きが取れなくなった。
リュカの想いは自分が思っていた以上に強く、また酷く成長しているものだと思い知らされる。
再びゆっくりと重ねられる唇を感じながら、自分のこの想いもぶつけていいのだろうかと、そんな事が頭をよぎる。
呼吸の合間、離れた僅かな時に名を囁いた。

「リュカ」

その呼びかけに振るえる身体を目の当たりにし、崩れた理性の欠片が欲の波に押し流されていく。

「……欲しい」

思わず呟いてしまったアイクの言葉の意味を深く理解出来ないのか、リュカが少しだけ首をかしげる。

「お前が欲しい」
「……アイクさ…」

名を呼ぶために開かれた口を塞ぎ、その僅かな隙間に舌を差し入れる。
驚きからだろうか、跳ねる身体を腕の中に閉じ込めて逃がさないように抱きしめた。

「んっ……」

逃げるように動くリュカの舌を絡めとリ、キツく吸い上げる。
濡れた音を立てる度に震える腕の中の身体に、昂ぶる感情を押さえられなくなっていく。
貪るように、何度も角度を変えながら甘い口内を犯していくうちに、アイクは身体に熱が溜まっていくのを感じ始めていた。
どれぐらいそうしていたか。
しばらくしてわざと音を立てて唇を離すと、力が抜けたのだろうか、リュカがこちらに倒れこむかのように寄りかかってきた。
荒い呼吸を繰り返している唇の端に伝う唾液を指先で拭ってやると、ゆっくりとした動きでリュカが顔を上げた。

「もう、寝ろ」

これが押さえられる限界だと、アイクはリュカの身体を抱きしめながらベッドに横たえさせた。
頭をゆっくりと何度も撫でていると、徐々に眠気に襲われたはじめたか、リュカの瞬きの回数が増え始める。

「……アイク、さん……」
「ん?」

眠りに落ちる寸前だろう、無音の室内でなければ聞こえないほどの囁き声で、リュカは言う。

「ぼくのこと、きらいに……」
「なってない、ならない」
「……本当?」
「あぁ、本当だ」
「……よかっ…」

その言葉を最後に、リュカの瞳は閉じたままになった。
ゆっくりとした呼吸を繰り返す表情を見つめ、アイクはもう一度だけその身体を抱きしめる。

「……好きだ」

もうそこに意識などはなく、この言葉は聞こえていないだろうけれど。
腕の中で眠る愛しい少年を思いながら、アイクは自分の中の想いをどう昇華すべきか考えていた。
酔った勢いがあるとは言え、少なくともリュカがこのような考えを内心に秘めているのは事実なのだろう。

――彼らはまだ幼い。だけれど、僕らが思うよりも『子ども』でもない。

マルスの言葉が頭をよぎる。
一体自分はどうリュカと向き合うべきなのか。
幼い寝顔を見つめながらその横に寝転がり、アイクは大きく息を吐いた。
理性が崩されていく。
押さえの利かなくなった感情は、リュカを傷つけたりしないだろうか。

(お前は何を望んでいるんだ?)

すでに深い眠りへと落ちているリュカの頬を指でなぞり、次に柔らかい金の髪を梳いていく。
風呂上りだからだろうか、石鹸の香りがほのかに鼻を擽る。

(リュカ)


愛しい、だからこそ傷つけたくない。
けれどもそれ以上を求めてやまない自分がいる。



(俺はどうすれば……)






* * * *





ちょっとしたヨタ話。反転でお願いします。
色々自覚しちゃった。だけど大事にしたい、んだけどもやっぱり食べちゃいたいアイク。
でもそれは乗り越えちゃいけない一線じゃないのか? という、彼なりの最強の理性がギリギリのラインでフル稼働。
リュカは、酔いの勢いもありますが本音ボロボロ。心理は追々やりまるす。






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